絹糸戦線(禱れや謡え花守よ)
鹿島さくら
絹糸戦線
風が一層冷たくなる頃、山深い信州の地から夕京へ、「おしら花守」と呼ばれる花守たちによる「秋のお蚕行列」がやってきた。全員が、花守が着るのと同じ黒い外套をまとい、護身用の刀を持ち、漆塗りの荷物箱を抱えている。
一行がまず向かったのは依花陛下の元であった。そこで、最上級の絹の一枚布が献上される。特別な「霊力を持つ蚕」から生み出された絹を使って仕立て上げられたものである。それに対して陛下からの言葉と褒美の品を賜ると、次は来年の梅が散るころに蚕の卵を携えて参上すると、型通りに奏上してこの行事は終わりになる。
だが、お蚕行列の役目はそれで終わりではない。と、いうよりもそれだけでは終われなくなった。
霊魔を相手取って戦う花守たちを守る黒い外套の補修作業。
今年の「秋のお蚕行列」はそのために夕京に来たと言っても差し支えない。
蚕。「とどこ」「ひめこ」「
伝説によれば。蚕は農業の神の眉から生まれた雌雄一匹ずつによって増えていったという。その「始まりの一対」を預かったのが「おしら花守」の始祖だと言われる。
始まりの一対は神により生み出されたからか、霊力を備えておりその子らの中には親世代と同じく霊力を備えている個体もいた。それらから作られる絹糸も然りである。これを決まった方法で織ることにより、霊障をはじく布を生み出すことができる。もちろん、一匹の蚕から取れる糸の量などたかが知れている。なので、実際に花守たちが身に着ける外套は絹とそれ以外の糸を組み合わせてできた布地である。当然、霊障を完全に防ぐことは叶わなくなるが、それでも戦場において花守を守る大事な装備となる。
おしら花守の役割は大きく分けて二つ。養蚕の技術を民間に広め、保持し、発展させること。そして、霊力を持った蚕の数を維持し続けること。
霊力を持った蚕の維持のためには、祓いやお神酒の使用など様々にあるらしいが、詳細は不明である。技術としてすでに確立されており、編纂された手引書のようなものはその内容を半分に分けて前半は皇居に、後半は「おしら花守」の元に保管されている。
それはともかく。
おしら花守の行列は依花陛下への謁見を終わらせると花霞邸に向かった。この夕京で戦う花守たちはこれから二週間の内のどこかでこの花霞邸へ出向いて黒い外套を修復してもらうことが義務となっている。おしら花守は縫製担当と養蚕担当の二手に分かれ、二人一組で補修作業に当たる。養蚕担当は糸のプロ。補修個所を見極めて使うにふさわしい糸を選べば、縫製担当が補修を開始する。ほころびが小さければその場ですぐ完了するし、場合によっては数日を必要とすることもある。
外套の確認のために現れた花守たちと付き添いの刀霊におしら花守、と老若男女、花霞邸は一層賑やかである。
「うーん、敵の懐に飛び込んで短刀で戦うのか。なら軽くて“強い糸”の方が良いね」
「はい、お願いします!」
「あなたの霊力なら糸はこっちの方が相性がいいかしら……」
「へぇ、そういうものなんですね」
「大丈夫だ、これならすぐにこの場で直るからな」
「本当ですか? よかったぁ……」
「前線に出ずっぱりの人とは思えないくらい綺麗なままねぇ。普通のスレや破れの方が多いくらいだわ」
「んじゃ、そっちの補修を頼む」
「あんまり荒っぽい戦い方をして家族を心配させるんじゃないよ」
「いやぁ、分かりますか。まるで刀鍛冶のようだ」
「……どうせ一朝一夕では終わらん戦いだからな、死に急ぐこともない。休みながらでいいんだ」
「……はい」
「お嬢さん、いまお幾つだい? たまにはちゃんと遊ぶんだぞ」
「歳は十二です。この間はお友達と甘味を食べに行きました」
「一緒に戦う大事な人がいるか。うん、そりゃあ何よりだ」
「はい、本当に」
最善で戦う花守たちと話しながら補修個所と使用する糸を決めると、次は実際の補修作業。この際に使われるハサミと縫い針には付喪神が宿る。姿様々の付喪神が現れ、針縫い歌を口ずさむ。人の姿をしたもの、虫の姿をしたもの、獣の姿、面をつけたもの、若い声、年老いた声、風のような声、楽器のような音で喋るもの……実に多種多様である。この歌に合わせるように、必要な部分に霊力の宿った絹糸を入れて補修。場合によっては数日かけて布そのもの取り替えることもある。
「私らも花守の名は頂いているけどね、このハサミと縫い糸で戦えはしないからね」
「君らみたいな子供が戦っているのは見るに堪えない。でも、君らの代わりに戦うことはできないから」
「だから霊魔と戦う代わりに」
「この一縫い一縫いに魂を込める」
そうして補修の完了した外套は花守たちの手元に戻る。これでまた夕京の花守は戦いに臨むのである。
2週間の期日が迫るとおしら花守たちは荷物をまとめて信州へ戻る。その旅立ちを、夕京五家がそろって見送る。
「……時期に、大きな戦いがあるんだろう」
おしら花守をまとめる恰幅の良い女が聞いた。問われた人々は言葉はなく、しかしその通りだと返事する。今回の修復はその戦いのための前準備の一つである。
「……陛下には、梅の咲くころと言ってしまったんだけれどね。次はその頃に来れば良いかい?」
おしら花守の頭領は、言わずとも答えは分かっているとその表情で伝えた。霊魔からの被害状況はこの夕京を見て、そして外套を見ればだいたいがわかる。外套に関しては個人差があるとはいえ、楽観視できるものではないことは嫌というほど分かる。霊魔との「小競り合い」でこれらのだから、大規模な戦いを仕掛けた場合には花守側に今以上の被害が出るの明白。
「我々おしら花守の力が必要になった時には連絡を。また糸と布を携えてこの戦線に参加する」
おしら花守たちはそう言って頭を下げ、振り返らずに歩き始めた。いまは少しでも早く村落に戻って紡いだ糸の整理と、布の追加作業に打ち込みたい。冬越しのための作業もぬかりなく進めなくてはいけない。
この冬は、一層厳しいものになるだろう。
絹糸戦線(禱れや謡え花守よ) 鹿島さくら @kashi390
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