第4話 夢

「フォアボールとサードの悪送球により、ピッチャー山吹はピンチを迎えます。対して、攻める月城にとってはワンナウト一三塁の大チャンスです」


 今日の球は良くない。

 ストレートは走ってないし、決め球のチェンジアップは浮き気味だ。

 後投げられるのは、ボールゾーンへと逃げるスライダーとタイミングを外す、ストライクを取るには物足りないカーブくらいだ。


「どうする?」


 タイムを取った捕手が俺の元に来て訊く。


「キャッチャーから見て、俺のどの球がいいと思う?」

「正直、ストレートとチェンジアップは打たれる可能性が高いと思う。それに、次は4番で1本打たれてる」

「だよな」

「最悪、4番は歩かせてもいい。スライダー中心に攻めよう」

「おう」


 いたずらっぽい笑みを浮べ、戻っていくキャッチャーの背を見て俺は天を仰いだ。

 歩かせる?

 俺がハナから逃げるなんてことはしたくねぇ。


 ホームベースの少し後ろで腰を下ろした捕手。それからミットを構える。

 アウトコースいっぱいいっぱい。

 ドンピシャで投げれば、手は上がるだろう。

 素早いクイックで、思い切り腕を振る。


 ――くっ。

 投げた瞬間分かって、目を見開く。

 浮いたッ!


 スライダーが浮き、ストライクゾーンの真ん中にくい込む。

 そんな球が打たれないはずがない。

 月城中学の4番バッターは、バットを思い切り振り抜き、白球は誰もいないスタンドに運ばれた。


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 目覚めた部屋は、教科書やノートやらが散らかっている。

 いつもならキレイさっぱり片付けているのだが、そうもいかない。

 何故なら今日から中間テストだからだ。

 勉強はした。だが、さっぱりわからないままだ。


「積みゲーだな」


 服を着替えようと、パジャマを脱ぐ。その瞬間、部屋の扉があく。


「拓ちゃんー! 朝だよ……ってきゃっ!!」

「い、いきなりあけんなよ!」

「だってだって。いつも起きてないじゃんー」

「だからって……」


 言っても仕方ない。

 パンイチだった俺は慌てて、学生ズボンを穿く。


「も、もう大丈夫だ」

「ほんと?」

「あぁ」


 両手で顔を隠していた琴葉が恐る恐る、手をどける。

 そこには、制服姿の俺が。っていうか、琴葉の見慣れてる姿だな。


「もぅ。ドキドキしちゃうじゃない」

「それ見られた俺のセリフだからな?」


 ほんと。今でも心臓バクバクいってるよ。


「そう? じゃあ私のも見とく?」


 そう言って、琴葉は制服のスカートの裾を握る。そして、ゆっくりと捲し上げていく。


「ちょっ、べ、別にいいから!」


 声を上げても琴葉は止まらない。程よい筋肉がついた太ももが覗く。スラッと伸びる脚は綺麗で、程よく筋肉のついた太ももも魅力的だ。

 このままいけば、もうすぐにパンツが見えてしまう。


「ストップだ、っていってるだろ」


 琴葉に駆け寄り、スカートを捲し上げる彼女の手をとる。


「どうして? 私のは見れない?」


 今にも泣きだそうしな表情だ。俺はそんな琴葉に小さくかぶりを振った。


「見れないとかそんなじゃない」

「じゃあ何?」

「パンツとかそんなもんは見せるもんじゃない。せっかく可愛いんだから、もっと自分を大事にした方がいい」

「か、かわいい……?」

「お、おい。聞いてるか?」


 どうやら琴葉は可愛い、という単語に反応してちゃんと話を聞いてないようだ。


「言葉選び。ミスったな」


 頭を掻きながらそう呟いていると、不意に琴葉が俺に抱きついてきた。

 その勢いに圧され、俺はそのままベッドの上に転がる。

 そんな俺の上に琴葉が被さる。


 互いの息遣いが分かるほどに密着した距離感。

 そんな至近距離で彼女を見て、俺は改めて思う。

 琴葉は可愛いのだと。

 真珠のような大きく真ん丸な目は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうだ。

 ふっくらとした唇には、ハリがあり潤いがある。あまりの近さに戸惑いを覚えているのだろう。

 琴葉は何かを言おうと口を動かそうとしている。だが、何か言葉が出ることは無い。

 その琴葉の口の動きは、ただパクパクとさせているだけなのに、妙に艶めかしく感じられた。


 言葉を紡げない琴葉にかわり、俺が口を開く。


「琴葉」


 琴葉は俺の呼び掛けに嬉しそうに微笑んだ。そして、琴葉はただでさえ近い距離にいる俺の顔に、さらに顔を近づけてくる。

 一番に脳裏によぎったのはキスだ。

 このままキスをするのは、嫌ではない。でも、俺は琴葉と付き合えない。付き合うなんて烏滸がましいんだ。

 目を伏せ、見なかったことにしよう。

 瞬間的にそうした。だが、触れたのは唇ではない。

 額だった。

 俺よりも冷たい琴葉の額が、俺の額に引っ付けられたのだ。


「えへへ」


 予想とは違う状況に目を開ける。すると、10センチ程の距離にいる琴葉と目があった。琴葉は嬉しそうに笑った。


「琴葉」

「なぁに?」


 もう一度名前を呼ぶと、琴葉は蕩けてしまいそうなほどの甘美的な声音で返事をした。


「じ、時間が」


 退いて。とは言えず、俺はそう言った。退いてと言えば、拒んでいると勘違いされ、琴葉を傷つけるかもしれない。

 傷つけるかもしれない台詞を、俺が言えるわけがない。


「あ、そうだった」


 彼女は少し照れたように笑いながら俺の上から離れ、扉の方へと向かって歩き出す。


「じゃあ、下で待ってるね」

「お、おう」


 まだ着替えが終わっていない俺に、そう声をかけて琴葉は階段を降りていった。

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想いの一球(仮) リョウ @0721ryo

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