第3話 初デート


 屋上で告白された週の土曜日。

 俺と琴葉はデートをすることになった。返事はまだしていないが、遊びに行くことにはなった。

 毎日起こしてくれて、ご飯を作ってくれる琴葉からのお願いだった。


「土曜日、デートしよ」


 そんなの俺が断れる訳もなく、デートすることが決まった。そして俺は今、幸神こうじん駅前の時計台の下で琴葉を待っていた。


「家隣なんだし、家から行けばよくない?」


 そう言ったが、琴葉頑なにそれを断った。何でも、デートっぽくないらしい。


「暑いな」


 まだ5月だと言うのに、日差しは強く突っ立ているだけでもじわりと汗をかく。


「待ち合わせ場所、屋内にするべきだったかな」


 そう呟いた時だ。


「お待たせー!」


 そう言いながら、駆け寄ってくる1人の女子がいた。あの声は間違いなく琴葉だ。

 ギンガムチェックのプルオーバーに、丈の長い白のスカートに身を包んだ姿は、日頃の琴葉からは想像出来ない清楚さがあった。


「お、おう」

「待った?」

「うん、結構」

「ちがう! そこは嘘でも今来たところって言ってよ!」


 見た目は変わっても、中身はいつもの琴葉だ。よかった。

 琴葉は言いながら、俺の腕を軽く叩く。

 いつもは纏めている髪は下ろしてあり、叩いた拍子で少し揺れる。

 琴葉から匂ったことの無い、甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 やっぱり琴葉が琴葉じゃないみたいだ。


「で、でも。この汗の量で嘘つかれたら気が引けるだろ?」

「ぷっ。あはは、そういうこと本当に拓哉だね」

「な、なんだよ」


 本当のことを言っただけなのに。琴葉は嬉しそうで、屈託のない笑顔を浮かべた。


「なんでもなーい!」


 そして、琴葉は俺の手を取った。

 少し暑くなった彼女の手と俺の手が重なる。重なり、指と指が触れ合い手を繋ぐ。


「私ね。拓哉とこうやって一緒に出かけるの、夢だったの」

「そ、そうなのか?」

「うん。だって、拓哉のことずっと好きだったんだもん」


 暑さもあってか、琴葉の顔は真っ赤に染まっている。俺は彼女の手を強く引いた。自分に引き寄せ、俺は琴葉にいう。


「別に、出かけるくらい。いつでも付き合うから」

「ほんとに!?」


 目を輝かせる琴葉に、俺はフッと笑う。笑って、頷く。


「やった。ありがと、拓哉!」

「おう。それから、呼び方なんだけど……」

「拓ちゃんって呼んだ方がいい?」


 あの屋上の時だけで、それ以来はずっと拓哉と呼ぶ琴葉。

 拓哉と呼ばれるのが嫌だと言う訳では無い。でも、何だか距離があるような気がした。だから、俺的には拓ちゃんと呼ばれる方が良い。


「うん。そっちのが、何かいい」

「そっか。分かった、じゃあ拓ちゃんって呼ぶね」


 そんな会話をしているうちに、俺は最初の目的地に着いた。最近出来た、美味しいと評判のパンケーキ屋さんだ。


「一番に食べ物はどうかと思ったんだけど、混まない時間を考えると今しかなくて」

「どこに行くのかなって思ってたら。拓ちゃん、ちゃんとデートコース考えてきてくれたんだね」

「ま、まぁ。一応」


 楽しみにしている琴葉をガッカリさせる訳にはいかないから。

 昨日のうちに、スマホでめちゃくちゃ調べた。検索履歴だけはぜったいに見せられない。


「ありがと、大好き!」


 店に入る手前で、琴葉は俺に抱きついた。

 自分のことを好いてくれている、と分かっている。分かっているから、ついこの間までは何とも思わなかったハグにドキドキしてしまう。

 今までなら発情しない、なんて大見得を切っていたけど。今は正直分からない。

 俺たちは幼馴染み。そう言い聞かせ、発情を抑えていた節があったから。

 好意を抱かれていると分かれば、幼馴染みなんてのは関係なくなる。

 そこにあるのは、ただの男と女だ。


「わ、分かった分かった」


 幸せそうな笑顔を浮べる琴葉の頭に手を乗せ、ぽんぽんとする。うぅ、と声を洩らしながら幸せそうな顔をする琴葉に囁くように言う。


「外だし。離れよ?」

「あ、うん。ごめん」


 周囲に目をやり、少し恥ずかしそうに表情を浮べる琴葉。


「行こっか」


 そんな彼女を横目に、俺は店内に入った。

 パンケーキ屋に入るや、パンケーキの甘く香ばしい香りが鼻腔を襲った。それと同時に、空腹感が攻め立ててくる。




「ねぇ、一緒に食べよ?」


 注文し、運ばれてきたのはオーソドックスなパンケーキ。琴葉はそれを切り分け、俺に向ける。


「い、いいよ。俺も頼んでるのに」

「いーじゃん。拓ちゃんのも1口くれればいいし。ほらほらー」


 琴葉はフォークの先にあるパンケーキを、俺の口に近づける。


「じゃ、じゃあ」


 周りから白い目で見られているような気はするが。俺は少し体を乗り出して、「あーん」と口を開ける。

 琴葉はにへらと笑いながら、パンケーキを俺の口へと運んだ。


「どう? 美味し?」

「うん、美味しい」

「じゃあ、私も食べさせて」

「……え?」


 琴葉はフォークとナイフを俺に渡し、口を開ける。


「自分でやれるよね?」

「……」


 俺に食べさせるために、ちゃんと切り分けてたよね!?

 しかし、琴葉は目を閉じて口を開けているだけで返事をしない。

 しばらく無視をしていると、薄目を開けた琴葉が俺の手をつねる。


「いてっ」

「早く」


 薄目で俺を見たまま、琴葉はぶっきらぼうな言い方をする。

 はぁ……。


「分かりましたよ」


 短く返事をし、パンケーキを切り分ける。そして、彼女の口へと運ぶ。


「うーん!! 美味しい!!」


 頬に手を当て、悶えるように言う琴葉は可愛いと思った。でもそれだけ。

 それ以上には思えない。

 琴葉と琴葉の家族は、俺にとって恩人だ。そんな恩人に恋心を抱くのは間違っている。

 好きと言われ、意識してしまうようにはなった。ドキドキすると言って、好きになるとは限らない。いや、なってはならないのだ。


 幾ら彼女から想いをぶつけられても。

 俺は好きになってはいけないんだ。


 眼前で屈託のない笑みを浮べ、楽しそうにしている琴葉。


「どうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 俺の表情が気になったのだろうか。琴葉は首を傾げた。


「そっか。ならよかった!」


 幾ら琴葉が好きと言ってくれても。俺は応えることは出来ない。

 嬉しそうな顔をされる度、嬉しくなると同じくらいつらくなる。

 それでも、俺から彼女を傷つけることは出来ない。それが俺と琴葉の関係なんだ。

 救った側と救われた側。


 ――願わくば、彼女が新しい恋をしてくれますように。


 そう思いながら、俺はパンケーキを食べてから映画を見て、琴葉とのデートを終えるのだった。

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