第3話
「星屑は、歌を歌わないの?」
星屑が綺羅星の導き手となってから幾度目かの公務の帰り道。馬を歩かせながら、綺羅星が尋ねました。星屑は自らも騎乗し綺羅星と共に馬を走らせていましたが、馬遣いは元来、客を乗せ馬を引くのが仕事です。馬引きの道中には、馬引き歌という、馬遣いに伝わる歌を歌うと聞いたことがあり、綺羅星もいつか星屑の歌を聴いてみたいと思っていました。
そんな軽い気持ちで投げかけた問いにしかし、星屑から返された言葉は昏いものでした。
「僕には、馬引き歌を歌うことができません。生まれつき、音楽というものが分からないのです。歌を聴くことはできても、聴いた音を同じように自らの声で歌にすることができないのです」
恥ずかしながら、と俯く星屑に、綺羅星は明るく微笑みかけ――。
「星屑にも、できないことがあるのね――それなら」
そう言うと綺羅星は、突如馬を止め、そのまま馬上で歌い始めました。
それは馬引き歌とはほど遠い、星神様に祈りを捧げるときの歌でしたが、高く澄んだ声音は山野に響き、草原を揺らす風のように自然と調和し、種子を芽吹かせる陽光のごとく、そこにきらきらと降り注ぐのでした。
「星屑は光を読めない私を導いてくれる。だから、私は音を読めない星屑の代わりに、歌を歌うわ」
綺羅星の美しい歌声は、星屑の心にじん、と響きました。
ふたりが持ち得なかった力を、お互いに想いおぎなう……それが星兄弟なのかもしれないと星屑は思い、同時に綺羅星も「私たち、星兄弟ですもの」とまた輝く笑顔で言うのです。
ふたりの心は、まるで生まれたときからずっと一緒にいたかのように、通じ合っていました。
「来年の星の日、ふたりでお祈りをしませんか」
街道沿いの休息所で馬に水をあたえながら、不意に星屑が言いました。
長椅子に腰を掛けていた綺羅星は突然の申し出に少し驚き「ふたりで?」と返します。星の日を迎える夜は、町に降りて来られる星神様をお迎えするため、ひとり静かにお祈りを捧げるのがこの町の風習でした。
「星の日に、願い事を書いた紙を星棚におさめると、その願いが星神様に届くというお話を知っていますか。星の日祀りという、子供の遊びなのですが。幼い頃は家業を覚えることに必死で、できなかったんです、子供の遊びが」
「それなら私も知っているわ……でも」
綺羅星もまた、星の日祀りを
「大丈夫です――これを」
そう言うと星屑は、腰に下げた鞄から紙と筆を取り出し、綺羅星の手に持たせました。綺羅星がそれらをよく触ってみれば、紙と思ったものは薄い木の板で、筆と思ったものの先についているものは、動物の毛ではなく、細くかたい棒のようでした。
「ずっと、綺羅星にも書ける文字を考えていたのです。――一文字一文字を、星であらわす、というのはどうでしょうか」
星屑は綺羅星のために、星文字を考え作っていました。それは小さな星の粒に見立てて、薄く削いだ木の板に点を打つというものでした。
そうして板に浮かび上がらせた星粒を星座のように繋げば、それは一つの文字となるのです。文字を繋げば、文章も書けます。
綺羅星は喜び、たくさんの星粒を並べて、文字を綴りました。
星屑もまた、星粒を並べて、綺羅星への想いを綴りました。
星屑の並べた星文字をなぞると綺羅星は、こぼれる笑顔を星屑に向けて、美しい歌を歌いました。
ふたりはそうして、星の日祀りの約束を交わしたのでした。
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