最終話

 頼りになる親友2人が犠牲となり、自分を

助けてくれた。


 その事実は胸を痛めるが今はそれに囚われている場合ではない。


「それでは校長先生から始業式の挨拶を頂きます」


 マイクから聞こえる開戦の合図が聞こえたからだ。


 ヅラ3の最後の1人、校長先生。

拓真と和正の話によると、この男が正真正銘の化け物だ。


 聖職者の1つだと言われていた教師の

トップとして誰もが認める手腕と人柄で

学校をまとめる反面、緑や紫と言った

派手な色の髪のヅラを選ぶのも珍しくなく、自由奔放に好きなヅラを付けて周りの先生を困らせているらしい。


 校長はヅラ選択チョイスが趣味で、誰にも邪魔されることのない立場と潤沢な資金がある。


 ならば普通のヅラで留まるのは逆におかしく、校長の選ぶヅラの特異さにはヅラに

慣れているはずのこの世界の男たちでさえ

気構えが必要なのだ。


 現に校長のヅラを笑った生徒と教師は

例外なく学校を去っている。


 奇想天外、エキセントリックなヅラを

見せる校長が次に付けるヅラは予想など

無駄であるということだ。


 駿にはこの場は何があっても目をつぶり、

挨拶が終わるまでやり過ごす方法もある。


 だがこの手段は偶然に校舎で校長を見かけてしまった場合の対処が出来ないというリスクを背負う事になってしまう。


 運不運で自分の未来が決まるのは気分が

良くないし、何より危険だ。


 ここであいつとの勝負にキッチリ引導を

付けるのが最良にして最善の判断だと駿は

考える。


 コトッコトッと硬い床と靴がぶつかる音だけが聞こえる静かな館内に緊張が走る。


 教師でさえも笑ってしまう校長のヅラの

お披露目会と言える始業式。


 校長の挨拶を促した生徒は幕に隠れた

何かを目にした瞬間、逃げるように壇上を

駆け下りていた。


 笑みが溢れるという訳ではなく、何か見てはいけないものを見てしまったように男は

そのまま体育館のドアを開けて走り去る。


 スッと持ち場を離れて先生が後を追う。

その流れに疑問を持つ者はおらず、

駿はこれはいつもの事なのだと知る。


 期待と不安が入り混じる奇妙な心境は

胸をざわめかせる。


 そして奴は舞台袖からひょっこりと現れた。その瞬間、全ての男たちが飲んだ息は

体の奥底へと眠っていく。


 誰も声を出さず、校長から目を背けることができない、許されない。


 ツルツルのスキンヘッド‥ ?


 今までの男たちのヅラは何だったのか、

そう言いたくなるほど清々しいスキンヘッド姿の校長はどこか徳が高い人物に見える。


「みなさん、おはようございます」


 静かに淡々と優しい口調で挨拶をする校長。声が耳に届くまでの時間が果てしなく

遠く感じる。


「私のこの姿を見て戸惑う人も多いでしょう、ですがわたしは不思議と心が落ち着いています」


 何か悟ったような面持ちを見せる校長は

出家したの?と思うほど坊主と変わらない


「私は疲れたのです。このヅラを被らないといけない世界に、なぜ男たちはヅラを被らないといけないのか、ヅラを被らないといけない理由は何なのか」


 汗と頭がキラリと光る熱い演説を繰り広げる校長。


「オシャレなヅラを被らないと女性にモテない、ダサいヅラじゃ周りの女性に笑われる、そんな世界を私は変えたかった! 」


 選挙?これ選挙なの?


「そこで私は考えたのです。

ヅラを被って笑われるというのであれば、

初めからヅラなど被らなければよいのです」


 元も子もねぇ事言ってるぅ!!


 後光が差すような徳の高いポーズと

ツルツルの頭が似合いすぎているため、

浅い言葉が何故か深そうに聞こえるのが少しイラつく。


「流石、校長先生‥ 」


 声が聞こえた方向を向くと、隣の生徒が

涙を流しながら舞台を見つめていた。


 よく見ると周りの全ての生徒が感銘を受け、泣く者や嗚咽が止まらない者で満たされている。


 感動するの?

 どこに感動するの?

 俺がおかしいの?


 戸惑う駿を置き去りにし、周辺は校長を

崇めていた。


 お釈迦様が生まれた時ってこんな感じだったのかな?少しずつ自分の思考がズレていくようなおかしくなるような奇妙な感覚を感じていた。


「Noヅラ、Noハゲ、No‥hair髪の毛


『『ウォォォォォォォ!!!』』


 暴動のような歓声が沸き立つ館内。

アメリカの大学の卒業式のようにヅラを一斉に空に投げ出す生徒と先生。


 無数のヅラが空を舞い、そして枯れ葉のように落ちていく。


 カリスマ美容師が50人ほどいるのではないかと疑うほど床に髪の毛が散乱している光景は通常の人間ならば立ち尽くすだろう。


 そんな呆然としている駿の肩に手を置く男がいた。


「空気読めよ」


「えっ? 」


「えっ?じゃねぇよいいからお前も取れ」


 そう言って男は俺の毛根を引き抜こうとする。神経が悲鳴をあげる。


「痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!!」


 すると俺の髪の毛を抜こうとした男は

髪の毛から手を離し、困惑の表情を浮かべる。


「嘘だろ、何で取れないんだ? 」


「ヅラじゃないぞ」


 どよめきが周りに広がる。

改めて見ると体育館内に大量のハゲの集団がいる。自分はクローズの鳳仙にでも入学したのではないかと思う。


「何でヅラが取れないんだ? 」


「ひょっとしてヅラじゃないとか‥ ? 」


 その男の発言で周りの空気が吸い込まれ、

全ての意識が俺の髪へと集中した。


「まさか、こいつこの若さで? 」


「ありえない!」


 次々に言葉が飛び交う中で、1人が驚愕の表情を浮かべ汗を少し垂らして呟く。


「リーブ○1‥ ?」


「やった事ねぇわ! 」


 髪の毛を引っ張った事に謝罪はねぇし、

俺はリーブ○1に頼るような年齢じゃねぇし、てかこの世界にリーブ2○存在してるのかよ!


「俺は地毛だよ、髪の毛が生えている男だよ!」


 あれ程ざわついていた館内が嘘のように

シンと静まり、周りの男たちの視線が俺に突き刺さる。特に髪に。


「嘘だろ、地毛の男なんて存在するのか? 」


「ツチノコなみの大発見じゃねぇか」


幻のツチノコも安くなったものだと嘆く暇もなく、男たちは口々に言葉を連ねる。

その中の1人が言った、


「地毛の男の髪の毛を食べたら髪が生える

って都市伝説あったよな」


その言葉で風向きが変わった。

ハゲ達の好奇な目が捕食者な目つきに変貌する。


「やっちまうか 」


 周りの男が一斉にうなづき、ゆっくりと

俺に歩み寄ってくる。


 嘘だろ?そんな事を先生たちが許すわけない、と考えるが先生たちも俺の髪の毛を獲物を見つけた猛獣のような目で見つめていた。


 にも祈る思いで校長を見つめるが

後ろの舞台で、私にも私にも髪を分けて!

と喚いているのが見える。


 ゆっくりと迫るハゲの男たち。

後ずさる俺は体育館の壁まで退がる。


 もう逃げ場はない。


 どこで用意したのかスプーンとフォークやバリカンを手に持つ男もいた。

てかこの世界にバリカンは需要ねぇだろ!


「やっ、やめろぉぉ!!」





 気がつくと朝だった。

いつもと変わらないベッドの上。

少しばかり流れた汗は枕と髪を湿らしていた。


「駿、先に出るからな」


 声の主が父さんだと気づくのに時間は

かからず、あぁと乾いた返事をする。


 それにしてもおかしな夢だった。

髪のいたずら、いや神のいたずらともいうのか。全世界の男がハゲになるとは、悪夢に

近い夢だった。


 何より最後のハゲの集団に髪をむしられそうになるシーンはトラウマになりそうだ。


 だが夢だ。

そこまで気に病む必要はないし、ハゲは悪い人たちばかりでは無いだろう。きっと。


 洗面台の鏡の前に立ち、顔を洗い、歯を磨き、ワックスで髪を整える。


 いつもの身支度を済ませて洗面台を離れようとする。だがタオルが掛かっている棚の

1番上の段にある1つの緑色の袋が目に入った。


 何だこれは?そう思い、袋を手に取り中を取り出す。


【諦めるにはまだはやい!頭皮を柔らかくし、毛を育てる環境を作り出す!!】


 それは夢の中で見たことがあるようで見たことがないモノだった。


 父と子の2人で暮らしている今の家庭で

これを誰が買ったのか何て言うまでもない。


 少し笑みをこぼしてラベルを見つめる駿は

「そうだよなぁ、諦めるにはなぁ‥ 」

 と呟く。


 不思議とショックを受けてない自分がいる。これも変な夢のおかげかもしれない。


 悲しみも哀れみもなく、ただ同じ男として、息子として、自分も気をつけなければなと考える駿は家の玄関を開けて、学校へと

向かう。


 マンションに流れる風は涼しく、髪が

たなびく。まだまだ自分は若いのだなと

改めて感じた。


 少しだけ頭が柔らかくなった気がした。





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渡る世間はヅラばかり @tanajun

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