第9話 空中戦

不気味なAI党のCMは、巨大サイネージをジャックするだけでは飽き足らず、動画サイト、まとめサイト、SNS、ありとあらゆるウェブページに登場した。いちいち人手を介した手続きを踏む新聞やテレビのCMとちがって、インターネット上の広告はプログラムがたったひとつのルールに基づいて決定される。一番カネを出したやつがすべての広告枠を支配できるのだ。


広告枠を支配することの意味は大きい。西田のような泡沫候補にとって重要なことは目立つことだ。目立って目立って認知されること。これしかない。そもそも東京都民は昔からイロモノ候補が大好きだ。いじわるばあさん、スマイル、スクラップアンドスクラップ、ちんこ主義、唯一神、NHKをぶっ壊す。


特に、公共放送でルール無用の発言が行える政見放送というカオスが「発見」されてからは、その動きは加速した。奇抜な政見放送をして、SNS・動画サイトで拡散し、自らのホームページに集客する。以前は軽視されていた空中戦が、いまや主戦場になっている。


繰り返し、ただただ、「The AI Party」という文字が踊る5秒クリップを見せつけられた都民は、宝田の操るボットと一緒にそれを拡散し始めた。そのうち、SNSの「トレンド」にAI党や西田が出現し始め、公示日初日のネット空間がジャックされた。


畠山が六本木の西田事務所についたのはお昼前だった。まるで新興のIT企業のような洒落た机の並ぶオフィス空間で揃いの黒パーカーを着た若いスタッフが忙しそうに動いていた。


「アポなしで申し訳ないのですが、取材をさせてください。」

近くを通った男に声を掛けると、男は素直に奥に案内してくれた。5分ほど待つと、ドアが開き、先約の記者と思しきスーツの女が出てきた。


「どうぞ。」

言われるがままに部屋に入る。

おそろいの黒パーカーに身を包んだ西田は、現代的なIT経営者という風貌だった。経済部の記者として日々気鋭の若手経営者に取材する畠山にとって、むしろ親しみのある雰囲気だった。


畠山の関心事は一点だった。いったいどこからカネがでているのか。しかし、簡単には口は割らないだろう。まずは関係性を作るところからか。


「はじめまして。A通信者の畠山です。今日は突然すみません。」

「いえいえ。取材は大歓迎ですよ。」

「選挙戦初日ですが、街頭演説はやらないんですか。」

「無名候補が街頭に出ても素通りされるだけです。まずはアテンションを得ないと。AIDMAですよ。」

学者らしく西田は古典的なマーケティング用語を繰り出した。

「たしかに。都知事の演説にあわせたサイネージジャックはすごいですね。狙ったのですか。」

「いえ。あれはたまたまですね。ネット広告の場合、どこにいつ広告がでるかは、運次第です。」


西田の言うことは一面真実だが、嘘だ。サイネージもネット広告のシステムに組み込まれた現在、特定のタイミングでべらぼうな値段で広告枠を買い取ることは技術的に可能だ。


「なるほど。SNSでも話題になっているようです。大成功ですね。」

相手を持ち上げて話を引き出そうとする戦略を見抜かれたのか、西田は真顔になった。

「畠山さんは、今後の日本についてどう思いますか。特にこの東京は、すでに高齢化が一巡した地方と違って、これからすごいスピードで高齢化が進みます。それを支えるべき中年世代は、バブル後の氷河期で経済基盤がぐちゃぐちゃだ。さらに都会ゆえに社会的な基盤もない。行政も弱っている。いったい、誰が責任を持ってこの国を導くのでしょう。」

西田の目はまっすぐ見つめている。

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AI党の落日 @_000

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