第8話 第一声
A通信社の記者、畠山は蒸し暑い渋谷にいた。
寝不足の頭を冷たいブラックの缶コーヒーで冷ましながら、現職都知事の第一声を聞いていた。
「・・・東京オリンピックの成功、これをレガシーにしていかなければなりません!少子化対策、高齢者対策・・・」
アイドルの新曲ミュージッククリップを流す巨大サイネージディスプレイを背景に、現職都知事が実績をがなりたてる。
日本の首長選は現職が圧倒的に有利だ。4年間もあれば、どんな政治家でも何かしらの実績は残る。どれだけ費用対効果が悪くても、どれだけオペレーションのミスで外国人から顰蹙を買ったとしても、半世紀ぶりのオリンピックを無事終わらせたというのは大きな実績だ。それさえ言えば当選するだろうことは想像に難くない。
逆に、失政があったとして、それを槍玉にあげるようなマスコミも、野党もいない。地方議会がマスコミにとりあげられることなどほぼないといっていい。乳幼児を議場に連れ込んだり、「早く結婚しろ」と野次ったりしなければ。
正直、現職候補の演説を聞いていても得られるものはなさそうだった。ひとつ確実にいえることは、4年前、彼女が当選したときの熱狂を感じている都民はほとんどいないということだ。平日ということもあるが、スクランブル交差点を行き交う人は都知事になにも関心がなさそうだった。ここにいても埒が明かない。野党推薦候補の取材に向かうか。
その時だった。
スクランブル交差点を包んでいた曲がぴたりと止み、巨大なサイネージが暗転した。しばらくしてゴジラでもでてきそうな重低音が響き渡る。都知事も少し戸惑っているようだった。
真っ暗なサイネージに渋谷中の視線が集まる。
「The AI Party」
黒字にごん太の白いゴシック体がディスプレイにせり出した。一体何ポイントなんだろうか。
画面が切り替わり、また、J-POPが流れ始めた。
一瞬のことだったが、サイネージにでかでかと書かれた「AI Party」の文字と、それを見つめる現職候補の写真は、SNSでまたたく間に拡散され、選挙初日の印象的な一枚となった。
畠山は、野党推薦候補の取材を取りやめ、西田のいる六本木に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます