第7話 ネガティブキャンペーン

六本木 西田明選挙事務所


飯波が239個目のアカウントをチェックし終わると、宝田はいくつかコマンドを叩いてスプレッドシートのデータをAIモデルに流し込んだ。学習は、ものの数秒で終わった。

「これで、少しは賢くなったと思いますよ。」

宝田は誇らしげに画面を見つめた。

飯波のチェックを受けたアカウントたちは、より人間らしいつぶやきをはじめた。ボットによるネット上の言論空間の汚染を防ぐため、各プラットフォーマーは定期的に『掃除』をしている。過剰なリツイート、少なすぎる独自のつぶやき、などさまざまな基準でアカウントは凍結、削除される。

しかし、宝田のような機械学習エンジニアはその基準をかいくぐるボットを生成する。永遠に終わらないいたちごっこだ。


大統領選ならともかく、カリフォルニアにいる年収20万ドルのデータサイエンティストたちがいちいち極東の自治体首長選挙に対応するとも思えない。しばらくは安泰だ。


「さて、ここからが本番です。不人気とはいえ現職の牙城を崩すのが先決。徹底的にネガティブキャンペーンを張ってつぶします。」

宝田は、都知事の過去の不祥事や失言、失政を批判する各種報道のデータベースから、次々にSNS「らしい」感情的なつぶやきを生成していく。

人間はSNSをみるとき大脳の0.1%も使わない。つぶやきが目に留まる0.1秒の間に興味をひきつけ怒りや嫉妬心を発生させられるかどうかだ。

税金の無駄遣い、一部へのえこひいき、私生活のトラブル、発言の不整合性、部下へのパワハラ、市民への上から目線、幸いなことに現職はスネに傷が多いタイプだ。特に、当選当時の公約がほとんど守られていないことや度重なる前言撤回、そのための税金の無駄遣いをクローズアップするような発言が次々とサイバー空間に放たれる。


明日の朝には、通勤電車でボットたちの発言が怒りを掻き立てるだろう。


今週は暑くなりそうだ。


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