第6話 序盤情勢

A通信社ビル


「こんなものAIにやらせればいいのに」

外の闇が嘘かのように煌々と蛍光灯が照らす深夜のオフィスで、畠山は愚痴った。選挙序盤戦のアンケート調査をテキストに起こすだけの簡単なお仕事。基本的にはルールベースでできるはずだ。


「見出しは『与党推薦現職と野党推薦新人が一騎打ち』ってとこだろう」

今回の知事選の候補は10名弱。うち、組織的な支持があるのが現職と新人候補の一人。現職知事は政権与党と仲は悪いが泣きを入れて推薦をとりつけた。新人候補は野党幹部が肝いりで発掘してきた逸材だ。もともと社会評論家としてテレビに良く出ていた。歯に衣着せぬ物言いから政治家には向かなそうだが、フェミニズムや格差論など左翼っぽい言説が野党幹部に気に入られたらしい。


60代の現職に対して、30代というのもよい。調査結果でも、すでに野党支持層の6〜7割が新人候補に回っている。逆に現職は与党支持層の半数ギリギリを固めたところだ。支持率的にはやや現職有利だが、ここで軽率に書くとあとで何を言われるかわからない。第一、選挙始まったばかりでまともに名前を聞いたことがあるのが現職だけってことも多い。ここは互角っぽく書いておくのが無難だろう。


その他の泡沫候補の中で目につくのは、やはり経済学者の西田だろう。ネット論壇を中心にインテリ層で支持がある。それに気になるのはあのオフィスだ。ヒルズに事務所なんて聞いたことがない。相当財政力があるのは間違いない。


今のところ、西田を支持するのは無党派層で2〜3%とというところ。ただし、この序盤で支持を決めている無党派層は相当レアだ。一定程度支持が伸びれば面白いかもしれない。


それにしても、だ。もともと経済部所属の畠山にとって選挙報道はわからないことだらけだ。各陣営を回らないと話にならない。少し仮眠をとったら現職陣営に行ってみるか。


そういって畠山は椅子の上で寝る体制に入った。畠山の速報記事がネットを駆け巡ったのは朝5時だった。





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