第103話 日常とこれからと

十二月に入って直ぐに、有給休暇を消化するように言われた。

そんなものは念頭に無かったのだが、社長としては、せめてものつぐないなのだろう。

俺は社長に最後の挨拶あいさつをし、長期休暇、いや、実質的に無職生活に入った。

終日、俺が家にいるようになると、部屋は学校帰りの女子高生の溜まり場になった。

みゃーとタマ、時にはいろはちゃんが混じる。

「孝介さん、お菓子が見当たらないのですが」

俺はベットに寝そべりながら、農業に関する本を読みふけっていた。

別にひまを持て余している訳ではない。

「こーすけ君、トイレットペーパー切れそうだよ」

子供の頃、農作業を手伝ったりはしたが、基本的なことは何も判っていなかった。

実質、一から勉強だ。

「孝介さん、あなたのタマはひまですが」

とは言え、実家の隣に住む誠一おじさんが、全面的にサポートしてくれることになっているし、田舎に残っている、かつての同級生達も協力してくれるという。

「こーすけ君、コーヒーも切れそうだし、買い物に行ってくるね」

ある程度の農機具は譲ってもらえそうだが、田植え機などの高価なものは借りるしかない。

「孝介さん、いろはさんが自家製肥料をプレゼントしたいと」

「言ってないっす!」

米はともかく、野菜は有機栽培かなぁ。

肥料は何がいいんだろう。

「タマの肥料はいかがですか」

家畜の糞尿とか堆肥たいひを使うにしても、やはりどこかから仕入れてくることになる。

「まあ、あなたのタマは昔のアイドルように排泄はいせつとは無縁ですが」

昔は肥溜こえだめがあって、人糞なんかも使っていたらしいが、まさか今の時代にそんなことは出来ない。

「孝介サン、こんなところにポテチがあったんで食べていいっすか?」

じゃがいもと言えば圧倒的に北海道だが、生産量二位は、意外にも長崎県だ。

「いろはにぽてと」

と言うことは、気温はさほど問題では無さそうだ。

「多摩さんも手伝うんすか?」

一年目は手探りだ。

一人で出来ることも限られている。

「私は夜のお世話で精根尽き果てる予定ですが」

二年目以降は、みゃーなら少し手伝ってくれるかも知れない。

田舎に帰った時、田植えもしてみたいと言っていたし。

「いや、朝から農作業した孝介サンが、精根尽き果てて相手してくれないんじゃ」

そういやおっちゃん、ガス、水道、電気の手配してくれたかな。

「お黙り、自家製肥料製造機」

農作業は汚れるし疲れるし、夜は熱い風呂に入りたいよな。

「多摩さんだって、肥料出すっしょ」

自動的に肥料が出てきたら楽だよなぁ。

食べたらそれが肥料になるってエコだなぁ。

「私は排泄どころか汗もかきませぬ」

考えてみれば今の世の中って、人間は食べるだけ食べて、多大な養分を無駄にしてるよなぁ。

「汗もかかないなら、じゅ、潤滑油じゅんかつゆ的な、た、体液は?」

農業への利用はともかく、人糞の有効利用も考えるべき時代が来るかも知れん。

「今も駄々漏だだもれですが?」

好き嫌いは言ってられんし、地球の資源は有限だからな。

「もしかして、放置プレイに興奮して……」

休耕地で放置してても育つような作物なんか無いだろうか。

過疎化で放棄された農地の有効活用も考えねばならん。

「ここまで放置されたのは初めてです」

なにぶん初めてのことばかりだから、試行錯誤だな。

「それで、目覚めたと?」

でもやっぱり、農作業は早起きしなきゃならんのだろうなぁ。

「いえ、どちらかと言うと、未来を見据みすえる男の目に」

将来を考えると、具体的に現金収入がどれくらいになるのか把握しなきゃな。

「あー、同意っす」

作付け面積、収穫量、相場、色々と調べなきゃならないことだらけだ。

隣のおっちゃんから教わることも、限りなく多そうだ。。

「みゃーも言ってましたが」

部屋を見渡す。

家具は少ないし、ダイニングテーブルなど、実家には必要ない、もしくはそぐわない物もあるから、引っ越しの荷物は最小限で済みそうだ。

「もうすぐ会えなくなるからって、こんな風にびたってたら、お別れのときに余計に辛くなるねって」

おっちゃんが、小さいトラックを借りてこっちまで来てくれることになってるし、後は身の回りの物を梱包こんぽうするだけで、いつでも出ていける。

「目の前のクリスマス、お正月イベントはどうするんすか?」

イベントと言えば、田舎だと秋祭りとかもあるな。

みゃーもタマも参加したら、若者の少ない田舎は華やぐだろうが、関係性をどう話すべきか。

「今は、日常を日常のまま過ごしたいというのが、二人の意見です。それに、キリのいい月末までに退居するのがいいようなので、二十五日にはここを出るみたいです」

おっちゃんみたいに受け入れてくれる人もいるが、田舎の人間ってのは噂好きが多いし、陰湿なヤツだっている。

「あと一週間じゃないっすか! ……でも、一緒に暮らし出してから、そういったイベントを盛大にやるのが楽しみっすね」

良くも悪くも、都会のように他人に無関心ではいてくれない。

イベントは、内輪だけで小さく、それでも盛大にやるのがいいかも知れない。

「孝介さん孝介さん」

ん? 

タマが俺の肩をする。

「あなたのタマは、日常を欲しておりますが」

「お、そうか、よしよし」

頭をでる。

これから先、俺の日常は激変する。

「こ、これが日常という訳ではないのですが」

こんな風に撫でてやりたくても、それが出来なくなる。

「私は甘えん坊ではないのですが」

「多摩さん、いいじゃないですか。今は甘えれば」

でも、コイツらに何かあったら、俺は何を置いても駆けつけよう。

離れていても、コイツらのために出来ることを常に考え──え?

タマ?

ベッドに寝そべる俺の胸元に、タマは顔を埋めた。

戸惑って、いろはちゃんの方へ顔を向けると、とても柔らかい笑顔が返ってきた。

そうか、この子も、慈しむように笑うんだな。

何となく理解して、俺はタマの頭を撫で続けた。

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