第94話 生活費
最近、肌寒くなってきた。
真冬になっても毎朝この秘密基地で会うのは、ちょっと厳しいかも知れない。
みゃーは俺の左隣に座って、膝の上にサバっちを乗せている。
あったかそうだ。
右隣にはタマがいて、少し寒そうに身を縮こまらせている。
俺はといえば、女子に両側を挟まれているせいか、心身共に暖かい。
タマがみゃーのアパートに住むようになったから、当然、二人は一緒に通学する訳で、毎朝のこの場所も、これからはタマも顔を出すことになる訳だ。
俺はいつもの缶コーヒー、みゃーもいつものトマトジュース。
「ふふ、みゃーはお子様ですね」
俺と同じ缶コーヒーをチビチビ飲みながら、タマはどこか勝ち誇ったように言う。
トマトジュースがお子様ってことは無いと思うが。
「む」
サバっちのアゴを撫でていたみゃーが、優しい形の
ペットボトルがペキッと音を立てたのは、恐らく気のせいだろう。
「タマちゃん、昨夜トイレの電球が
「く、暗いとどこへ飛ぶか判らないので」
お前は男か。
因みにみゃーのアパートのトイレは和式である。
「薄暗いけど、部屋の明かりが届くでしょ」
「ま、まあそういう日もあるけど、昨夜は天気が悪かったので」
お前は屋外に住んでいるのか。
「こーすけ君、なんかタマちゃんがね、トイレの壁のシミが、人の顔に見えるんだって」
「み、みゃー!」
お前は猫か。
猫のくせに、タマは暗いところが苦手らしい。
つまりはあれだ、幽霊とかお化けとか?
「まあ、初めて一人で暮らし出したんだ。何かと不安になるだろ」
タマの顔が、パアッと
「む」
みゃーの顔が、しかめっ
う、俺の一言が、何かと波紋を広げそうな。
「最近思うんだけど、こーすけ君、タマちゃんに甘過ぎないかな?」
「い、いや、そんなつもりは」
「私が正妻なので、そこはみゃーも諦めてもらわないと」
「む」
朝から何か、不穏な空気が。
「孝介さんは私の部屋の鍵も持ってるし、私は孝介さんの部屋の鍵を持っているので、もはや二人は夫婦同然かと」
は?
「あ、お前、そういや俺の部屋の鍵、返してもらってないぞ!」
家出してきたとき、タマに合鍵を渡したままだったことを思い出す。
「返してもいいですが、既にスペアとそのスペアが」
コイツ……。
「タマちゃん、全部こーすけ君に返しなさい!」
「はい、スペアのスペアはみゃーのぶん」
「えへへー、ありがと」
「うぉい!」
夢想したこともあったんだ。
いつか愛する人が出来た時に、自分の部屋の合鍵を渡すシーンというものを。
それはロマンチックで、渡された彼女は涙ぐんで笑顔を浮かべるというベタなものだったが、まさかこんな軽いやり取りで、二人の女子高生に所有されてしまうなんて。
でも……まあいいか。
ロマンチックでは無いけれど、二人は宝物を手にしたみたいに笑っているのだし。
「通学定期を買わなきゃ……」
タマが
身体だけでなく、
「俺が出すよ」
「孝介さんに出させるのは、女として悦びを感じ──痛っ!」
タマの頭を叩いたものの、今のセリフは下ネタでは無く、男に金を出させる悦びとも取れるな。
「もう、出すなら出すと言ってくだ──痛っ!」
やはり下ネタの方だった。
「でもタマちゃん、実際のところ生活費はどうするの?」
「いざとなったら身体でかひぇぎまふ」
叩いても効果が無いので、ほっぺたを引っ張る。
「冗談でもそういうことは言うな」
「でも、売る相手は孝介さんですよ」
心外そうに言う。
「孝介さんならタダでいいです」
「タダで身体売ってたら稼げねーじゃねーか!」
あれ、なんで俺が売春の元締めみたいなセリフを言わなきゃならんのだ。
「……やはりアルバイトを」
それなりにレベルの高い大学を目指しているようだから、バイトはさせたくない。
家賃と食費、光熱費などを合わせると、最低でも毎月八万は要る。
「それも出すよ」
元よりそのつもりだ。
「まだ出るんですか!?」
「……」
「すみません……」
コイツの下ネタは、ツッコまずに放置した方がおとなしくなりそうだ。
「ウチに晩御飯食べに来たら食費は浮くよ。毎日は無理かもだけど」
みゃーの家だって家計は苦しそうだし、みゃーママは進学資金をせっせと貯めているみたいだし。
「両親は、お小遣いは沢山くれていましたので、その貯金があります」
なるほど、それも罪滅ぼし的なものだったのだろう。
「三十万くらいですが……」
そこから毎月二万を
意外と安いな、と思った。
「よし、それでいこう」
「どこでイきますか?」
「……」
「すみません……申し訳なくて顔向け出来ません」
タマが
「今すぐコンビニに行って下ろしてきます」
「いや、今じゃなくても」
「いえ、全額孝介さんに渡しておきます」
全てを俺に
コンビニへと駆けていくタマを見送って、みゃーと二人で顔を見合わす。
「前途多難だね」
みゃーは
二人の希望、可能性、それらに役立てることは、未来が広がることなんだ。
だから俺はみゃーに言う。
「前途洋々だよ」
それは確信してる。
ほら、それを裏付けるように、希望に満ち溢れた笑顔が返ってきた。
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