第95話 洗濯と下着と、喜びと

畳の部屋は、やっぱりくつろぐな。

ずっとフローリングの部屋で暮らしていると、しみじみとそう思う。

き出し窓のところに立って、タマは洗濯物を干している。

ベランダなんてものは無いので、のき下に物干し竿さおが掛かっている。

ぽかぽかと暖かい日差しが降り注ぐ、絶好の洗濯日和びよりだ。

休日の午後、俺はぐうたら亭主のように畳の上で寝そべりながら、家事をするタマを眺めていた。

「今から下着を干しますが」

「……だから何だ」

「見学しますか?」

「しねーよ!」

とは言ったものの、寝転がったままタマを見ていると、一つ一つ広げて干されていく下着が目に入る。

白、ピンクがほとんど。

「タンスのいちばん下に、もっと入ってますが」

いかん、下着に向けた俺の執着度が誤解される。

「みゃーは、ああ見えて派手な下着を」

なんだって!?

あ、いかん、思わず反応して上体を起こしてしまった。

誤魔化すように、ぎこちなく伸びをする。

「みゃーのお母さんが派手なので、その影響かと」

家出をしてからここに引っ越してくるまで、みゃーの家で一緒に暮らしていたから、その辺の事情は詳しいのだろう。

「因みに、色、素材、デザインのどこにこだわりますか?」

「全部だ」

いかん、即答してしまった。

「みゃーとも言っていたのですが」

「な、なんだ?」

「今度、一緒に下着を買いに行きましょう」

「……あまり気は進まないが」

「ふふ」

笑われた。

まあ、洗濯かごを物色していたのも見られたことがあるし、今更か。


宅急便が届く。

俺は亭主のように玄関に出て、『多摩』とサインして荷物を受け取る。

大きく重い。

差出人はタマのお父さんの名前になっていた。

「何度目だ?」

「三度目です」

タマは少し苦笑してから、申し訳なさそうな顔をする。

それは、拒絶した父親に対するものだろう。

部屋には必要最低限のものしか無い。

前回は掃除機を送ってきたらしい。

その前は電子レンジだったはずだ。

いずれも有難い物だが、既にある物とかぶってしまえば、この狭い部屋では邪魔になる。

なのに何故か、見事に無い物が届けられる。

どうやら、みゃーママに何かと訊ねてくるみたいだ。

生活費に関してもそうだ。

全て断ったはずだが、先日、タマがコンビニにお金を下ろしに行った時、口座には百万が振り込まれていた。

あの日、涙ぐみながらタマは秘密基地に戻ってきたが、その時も申し訳なさそうな顔をしていた。

だが俺は知っている。

その表情の奥に、やはり喜びと言える感情が隠れていることを。

「ファンヒーターでした」

段ボール箱を開けたタマが言う。

いま俺がいる寝室にはエアコンが付いているが、玄関側の部屋と台所には何も無い。

これから寒くなるし、台所仕事をする時などに役立つに違いない。

それにしても、なんて不器用な親だとは思う。

離れたからこそ素直になれたのだろうが、今まで可愛がれなかった分の反動が来ているようだ。

生活必需品はともかく、振り込んでもらったお金は、そのまま貯金しておくように言った。

本当に困った時に使わせてもらい、いつか時が来たら、感謝の気持ちを伝えればいい。

今はまだ、その時では無いと思う。

だが──

「タマ、笑えよ」

「はい?」

「もっと素直に、嬉しそうにしていいんだ」

「何を言ってるのですか。おかしな孝介さん」

タマは気付いていない。

親の愛情を再確認して、やはりそこに喜びを感じていることを。

「愛されて嬉しいって、素直に喜んでやれ。いや、喜んでいいんだ」

「何を……」

「お前の不器用さは、親に似たんだな」

「私が、両親に?」

「嫌か?」

「いえ……嬉しいです」

タマは親を憎んでいる訳じゃない。

愛されていないと思って悲しんでいただけだ。

だから、送られてくる物も、振り込まれたお金も、自分への愛だと思って喜んでいいんだ。

「タマ、笑っていいんだ」

俺が、俺の両親の愛を思い出して笑顔を浮かべると、やっとタマは笑った。

嬉しいのに、涙を連れてくる喜びを、タマはやっと素直に受け入れられたんだ。


「いらっしゃいましたー」

みゃーが来る。

もはや行き来は自由で、ノックすら必要無い。

みゃーにとって、部屋と姉妹が増えたような感覚なのだろう。

いや、亭主のように寛いでいる俺も、人のことは言えないのだが。

「もう、こーすけ君、まるで浮気して女のところに入りびたっている亭主みたいだよ」

姉妹どころか、あくまで正妻の立場でものを言う。

どうやら俺は、軽く考え過ぎていたようだ。

「孝介さん、生理が遅れているのですが」

「それ、このタイミングで俺に言う必要ある!?」

もちろん身に覚えなどある訳が無いが、何故か二人の応酬に追い詰められていく気分になる。

「処女……懐胎かいたい?」

「マリアかよ!」

「まあ、ふふふ」

ダメだ、ツッコミを前向きにとらえられては意味が無い。

「私も、出来たかも」

「みゃーも張り合うな!」

お腹をさする仕草が妙にリアルで怖いわっ!

つーか童貞で二人の子持ちになってたまるか!


「さっきまで、孝介さんと下着談義をしてたの」

「談義じゃない!」

「議論? 討論? 熱弁?」

「どれも違うわっ!」

「それはともかく、みゃーが派手な下着を持ってると言うと、明らかに反応してましたよね」

う、それは否定できない。

「派手、かな?」

どうせタマが大袈裟に言ってるだけだろう。

けてるヤツとか持ってるじゃない」

なに!?

「あれはお母さんが、毛が無い女は透けてるのをけば美しい、なんて言うから」

確かに、透けていたって、黒い毛が見えるのは何か違う。

「あと、ひもっぽいのとか」

なに!?

「あれはお母さんが、毛が無い女は紐だけで隠せるから合理的、なんて言うから」

確かに、紐の横から毛が見えているのは、隠しているのか見せているのかどっちだという気になる。

「あと、穴あきパンツも」

なに!?

「あれはお母さんが──」

「お前の母ちゃん呼んで来い!」

純真なみゃーに、エロ下着をかせるなんてけしからん!

「でも、見たいですよね?」

タマの見透かしたような視線に、いや、純真+エロ下着というものに、俺はあらがえない。

「……はい」

何故か二人が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

もしかして、三人で暮らすということは、ひどく疲れることでは無かろうか。

でもそれは、楽しくて、喜びに満ちているのでは無かろうか。


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