第91話 ─閑話─ 乙女+α
「ねえ、ほら、アンタ達、あれしないの?」
お母さんがモジモジしてる。
タマちゃんが、隣でコーヒーをちびちび飲んでいる。
「あれって?」
「ほら、よく言ってるじゃない。その、お、乙女会議、とか言うやつ」
乙女という言葉を口にする時、お母さんは乙女のような恥じらいを見せた。
タマちゃんが
「乙女+十五?」
「何よその十五って」
くわっ、と目を見開く。
ほら、それ、乙女にあるまじき表情だし……。
それに、ホントは+二十くらいだよね?
「私達の会議を見たいの?」
「乙女として参加を希望します!」
「ごほっ」
タマちゃん、今コーヒー飲んでなかったよね?
「えっと、議題は? ちゃんとした話は、明日、こーすけ君が来てからした方がいいよ?」
「抱き締められた感想、とかぁ?」
「ごほっ」
むむ、それは私もちょっと聞きたい。
電話で聞いた時には、その状況しか話してもらってないし。
タマちゃんが、お母さんの顔をチラリと見てから、今度は私の顔をチラリと見る。
そして目を伏せる。
「ぐぬぬ!」
お母さんが、本当の乙女を目の当たりにして歯ぎしりしてる。
「ふわっと? それとも、ぎゅっと?」
心にダメージを負った母親に代わって、私が訊ねる。
「……ぎゅっと」
指を無意味に
「む、昔の私を思い出すわぁ」
おいコラ、嘘を
中学の頃からヤリまくってたって言ってたよね?
「ぎゅっとって、こんな感じ?」
タマちゃんを強く抱き締めてみる。
「も、もっと」
もっと強くかぁ。
大人の男の人って、どれくらい強い力なんだろう?
「痛くて、おっきくて、あったかいの」
「ちょ、タマちゃん、それ誤解を生む発言だからw」
「お母さんは黙ってて!」
「……はい」
まったく、これだから大人は。
でも、痛いくらいに強く、それでいて温かさで包み込む大きさなんだ。
私は身体が小さいから、せめて思いの丈を込めよう。
タマちゃんは私の家族。
力は、加減しなくていいよね?
ぎゅうぅぅ!
「みゃーぁ」
タマちゃんが上気した顔で見上げてくる。
あれ?
私もちょっとヘンな気分に……。
「美矢ぁ、夢を壊すようで悪いけど、男って女を抱き締めてるとき、たいてい既にエレクトしてるからね」
えれくと?
エレクトって何だったっけ?
「映画のワンシーンみたいな感動的なシーンでも、下半身は反応しちゃうんだよねぇ。童貞クンなら尚更……」
えっと、出勤前にお酒を飲んでるこのオバサンは誰?
「ちょっと美矢ぁ、そんな目で見ないでよぉ」
オバサンは悲しい母の顔をする。
「まあそんな時、女の方もスタンバイしちゃってるんだけどねw」
オバサンは
それにしても、スタンバイか……。
待機状態ってことだよね?
「タマちゃん!」
「な、何?」
「スタンバってたの?」
「……黙秘権を行使します」
タマちゃんが、下の話で黙秘権だと!?
「美矢ぁ、乙女だって女なんだから、そんなこと聞いちゃダメよ」
「非乙女は黙ってて!」
「ひ、おとめ……緋色の乙女?」
都合よくイチゴの品種みたいに変換された……。
母は強し。
「で、何で苦手なコーヒーを、そんなにちびちび飲んでるのぉ」
出勤準備の化粧をしながら、お母さんはコーヒーをぐびぐび飲む。
「夜明けのコーヒーを……一緒に飲めなかったので」
夜明けのコーヒーかぁ。
二人きりだと、そういうこともしたくなるよね。
「夢を壊すようで悪いけどさぁ、コーヒー飲んだ後のキスって──」
「脱乙女は黙ってて!」
「だつ、おとめ……だつ、だつ、だつ……」
都合のいい変換が思い当たらないらしい。
「でも、二人で夜明けを迎えたんだね」
それは、羨ましいなぁ。
タマちゃんがふるふると首を振る。
「目を覚ますと、孝介さんが洗濯籠を物色してたので」
なにその絵面!?
早朝から洗濯しようとしてたの?
でも、それって物色とは言わないよね?
「美矢ぁ、そこは追及しちゃダメよ。タマちゃんは、それすら愛として受け入れてるんだから」
「愛なの!?」
「愛です」
断言した!?
「彼自身だけにでなく、彼が身に着けたもの、触れたものにすら愛着を感じるように、彼もそうであってくれたので」
「でもタマちゃんさぁ、夢を壊すようで悪いけど、男なんて──」
「中年に片足突っ込んだ絶乙女は黙ってて!」
あ、言い過ぎた。
「ぜつ、おとめ。ぜつ、ぜつ……お母さん、仕事行ってくるね」
あ、このまま仕事に行かせたら、絶対に悪酔いする。
何とか慰めるネタを……。
「お、お母さん、職場ではフェアリーって呼ばれてるんだよねっ!」
「五年三ヵ月前まではね」
言われなくなってからの歳月を憶えてるんだ……。
「で、でも、お客さんからモテるんでしょ?」
「四十三歳以上にね……」
相手の年齢チェックしてるんだ……。
「と、とにかく、お母さんは綺麗で可愛いって、こーすけ君も言ってたよ!」
誇張だけど。
「彼って、二十代よね?」
え、そこ?
ていうか、我が母親の復活の早さよ。
「ふふ。ま、経験積んで出直しなさいって言っといて」
ふぁさっ、と髪を指で
……ウザい。
「あなた達が、彼と家族として、様々な経験を、ね」
なんか、最後に大人らしいことを言って出勤していった。
「やっぱり、みゃーのお母さん、カッコいい……」
うちのお母さんも色々とヘンだけど、タマちゃんもちょっとヘンだよ……。
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