第84話 予定調和

今朝は気温が低いせいか、珍しくサバっちの方から俺に寄ってくる。

隣にみゃーはおらず、普段より路地裏は冷たくて素っ気ない場所に見える。

いつもと同じ銘柄の缶コーヒーはホットにした。

足元にいたミケとトラが立ち上がってどこかへ行く。

俺の膝の上に乗っているサバっちが顔を向けた方を見ると、タマが路地裏に入ってくるところだった。

ちりん、と鈴を鳴らしてタマが隣に座る。

みゃーとは逆の、路地の入口側に座るので違和感がある。

「こっちに座れ」

不服そうな顔をするが、何も言わずに従う。

入口から見て隠れる位置にいてもらった方が落ち着くのだ。

タマはサバっちに手を伸ばすが、相手にされず口惜しそうな顔をする。

少し離れたところでこちらを見ているミケとトラも、戻ってくる気配は無い。

「あの猫達に言ってやってください」

「何を?」

「タマは優しくて可愛くていい匂いがするよ~、と」

「……」

「沈黙は肯定とみなします」

「えらく強引だな」

思わず苦笑が漏れる。

まあ猫はともかく、俺自身は肯定しているわけだが。

「因みに、みゃーはお休みです」

「ああ。連絡はもらってるよ」

熱を出したので休むと言っていたが、声は元気そうだった。

「あの子は生理が重めなので」

「あ、そういうことね」

「周期的には毎月二十日前後からで安定してます」

熱を出したというのは建前だったらしい。

「メモを取らなくても?」

「いいよ!」

いや、もしかしたら憶えておいた方がいいのだろうか?

「訊かないのですか?」

「何を」

「私の生理の周期とか症状とか」

「現状では必要性は感じない」

「そうですか。まあ私も今まで我慢していましたが」

何だ?

「やたらと毒舌で下ネタが増えたら、生理になったと思って許してやってください」

「年中生理じゃねーか!」

「!?」

「なんだおい、まあ! なんてデリカシーの無い! みたいな顔は!」

「まあそんなことより」

自分から振っておいて……。

「昨夜、このようなメッセージが私のところに」

スマホの画面を向けられる。


『さっき孝介サンと会っちゃって、二十分くらいお話ししちゃったっす』

『それはそれは』

『楽しかったっす』

『それはそれは』

『これからは、こういうことがあったら逐一ちくいち報告しまっす!』

『それはそれは』


「それはそれはしか言ってねーじゃねーか!」

「それはそれは」

「便利だな、おい」

「そんなことより、これを見て何か思うことは無いのですか」

まあ、いろはちゃんが早速タマをからかってるなぁ、というか、いじられてるようで実は弄ってる側みたいなのが面白いなぁ、と。

「あなたは視力より知力が劣っているのですか」

俺が何も答えずにいると、なかなか斬新ざんしんな悪態をつかれる。

「これは絶対にマウントを取りにきてます」

「そうかぁ?」

「逐一報告とあるのですよ? 宣戦布告と同じじゃないですか」

「いや、告の字しか合ってないだろ」

「だーれが同音語の話をしてるんですか!」

「でも、隠し事されるよりいいだろ?」

「ええ、だから今度いろはさんに会ったら、こちらも隠し事せずに言ってやってくださいまし」

「なんて?」

「俺のタマはマウントを取る時は騎乗位だぜ、と。これであやつはショックに打ちのめされ──痛っ!」

「隠し事しないんじゃなくて、ただの捏造ねつぞうだろーが!」

「予定調和、もしくは定向進化であることを主張します」

「調和でも進化でもねーよ!」

「……それで」

「ん?」

「何のお話をされましたか?」

急に声がおとなしくなる。

訊きたいのはそれか。

いろはちゃんが言っていたように、やっぱりコイツらも不安になるし、嫉妬もするし、何かと我慢していることも多いのだろう。

そりゃそうか。

何だかんだ言っても、普通の可愛い女の子だもんな。

「事と次第によってはリードで拘束しなければなりません」

普通でも無いし可愛くもねー!

「そう言えば、いろはさんのパンツもご覧になったとか」

う、いろはちゃん、けっこう言うこと言ってるなぁ。

「まあ、私は従順な飼い猫ですのでこれで許してあげましょう」

鈴をちりんと鳴らしながら頭のてっぺんを見せてくる。

撫でろと?

「……まあ、こんなことでいいのなら」

俺はタマの頭に手を伸ばす。

タマは満足そうに目を閉じて、じっとしている。

「星が好きみたいで、星の話と」

「ええ」

目を閉じたまま、俺の話を聞く。

「あとはお前ら二人の話ばっかりだな」

「そうですか」

何も追及してこない。

もしかしたら、弄ったり弄られたり、嫉妬したり甘えたりすることすべてが、コイツらにとって予定調和なのかも知れない。

「にゃあ」

とサバっちが鳴くのが、タマの声みたいに聞こえて、何だか少しおかしかった。



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