第83話 いろは 2

「あ、そうだ。こんなアプリ知ってる?」

俺は自分のスマホに入れている、星座や星の位置が判るアプリを開く。

スマホを向けた方向にある星が画面に表示され、星の名前や星座の名前が即座に判別出来る。

試しに金星の方にスマホを向ける。

画面にも金星が表示され、今は見えていないけれど、本来その方向にある星も表示されている。

地面に向ければ、南半球で見えているはずの星も判るわけだ。

「す、凄いっす! どうなってんすか、これ」

「俺も詳しくは判らないけど、GPSの位置情報と、回転や向きを検知するジャイロセンサーを活用してるみたいだな」

「へー、よく判んないっす」

そうは言いながらも、自分のスマホを素早く操作して、あっという間にそのアプリをダウンロードする。

アプリを起動。

俺のスマホと同じ画面になった。

「おー」

スマホをあちこちに向ける。

ちょっと子供みたいで微笑ましい。

「いま太陽はあっちにあるっす!」

地平の少し下を指差す。

何だか思った以上に喜んでもらえたみたいだ。

「おお、こんなところに土星が隠れてやがりました!」

見ているこちらまで楽しくなってくる。

ケバい、という形容詞が付いても、あどけなくなったり、無邪気になったりするのだ。

「ねー、孝介サン」

でも、不意に声のトーンが下がる。

「どうした?」

「こんな風に、見えない場所の空まで見えるのは楽しいっすけど、実際は、見えないものだらけっすよね」

「あ、ああ」

確かに、世の中、見えないものだらけではあるし、それで上手く回っている面はあるけれど。

「あの二人、孝介サンが思ってる以上にヤキモチきっすよ」

「え?」

「子供が勝手に想像する大人の世界ってあるじゃないですか。なんか色っぽい大人の女、みたいなのとか、夜の付き合いとか」

「俺には全く無縁なんだか!?」

「あはは、まあ、そうかも知んないっすけど、そうは言ってもあたしら子供なんで」

「まあ、俺がお前らの学校生活を想像して嫉妬するように、アイツらも俺の社会人生活を想像して嫉妬するって訳か」

「まあ、そんなとこっす」

「で、いろはちゃんが言いたいのは?」

「あたしはほら、後ろめたいなんて言いつつも、あの二人にとって見えるところにいる人間だから、安心していじってもらえるんすよね」

「アイツら、やっぱり」

「あ、迷惑とかじゃなくて、お遊びっつーか、たわむれみたいなもんで、楽しいんすよ。ただ」

「ただ?」

「見えない部分はどうしたってあるんで、フォローしてあげてほしいなぁ……なんて」

お互いが嫉妬したり心配したりするのなら、大人である俺の方が安心させるべきなのだろう。

「了解。で、今日のことも後で話して弄られるんだな?」

「その通りっす!」

「お疲れだな。いろはちゃんがいい子で助かるよ」

「いえ、あの二人が嫉妬するのを見るのは楽しいっすよ。特に多摩さんの過激な発言が」

「俺も見てみたいが」

アイツが過激な発言をするのは珍しくもないが、それが嫉妬の上でのことなら興味がある。

「美矢のおどしも」

「アイツが脅し!?」

「まあ可愛いもんすけど、恋する女は怖いっすよ」

「そ、それで、どんな脅しを?」

「そこは乙女の秘密っす」

「……まあ二人のことは信じてるし、いろはちゃんのことも信じてるから問題ないとは思うけど、時にはやり返したらいいんだぞ?」

「あざっす。では、今日のことは甘々に誇張して報告しまっす!」

「え?」

「頭ポンポンされてぇ、同じアプリで遊んでぇ、二人で星を眺めながら故郷の星空の話をしてくれたのぉ」

「おい、それはヤメロ!」

いろはちゃんが二人にやり返した分が、そのまま俺に回ってきそうだ。

いや、そのままどころか何倍にもなって返ってくるに違いない。

「あはは、冗談っすよ。それに、後ろめたいのは会ったり話したりじゃなくて、気持ちの問題っていうか……」

「え?」

「いえ、何でも無いっす! では、あたしはそろそろ帰りまっす!」

「あ、ああ。もう暗いから気を付けてな」

「あざっす!」

元気に手を振る姿を見送る。

送ろうかとも思ったが、さっきまでの話の内容を考えて、自重することにした。

いろはちゃんが二人の友達である以上、仲良くはしたいけれど、俺が二人のことを好きでいる以上、必要以上に世話を焼かない方がいい。

暇潰しの相手にはなれただろうから、それくらいでいいのだと思う。

……たぶん。


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