第82話 いろは 1

仕事帰りにコンビニに寄る。

店先に見覚えのある女の子。

先日は座り込んでスマホをいじっているところを見かけたが、今日は何をするでもなく、所在無げにポツンと座っている。

「誰か待ってるのか?」

派手な姿なぶん、一人だと余計に寂しそうに見える。

「暇だからコンビニ来た感じっす」

だが、ただの先入観だったのだろう、明るい笑顔が返ってきた。

「今日はちゃんと脚を閉じてるな」

「いえ、まあ、自分も一応、女なんで」

「一応じゃなくて立派な女の子だろ」

頭をポンと叩く。

座っているものだから、叩きやすい位置に頭がある。

「えへ」

今度は照れたような笑いが返ってきた。

やっぱり女の子だ。

「何か買うか?」

「いえ、まあ、今はけっこう満たされてる感じなんでいいっす」

何だろう? 初めて会った文化祭の日が一番元気で、会う度におとなしいというか、控えめになっていくような……。

「体調でも悪いのか?」

「え? 何でっすか?」

「いや、文化祭の時、もっとテンション高かっただろ?」

「いえ、まあ、あの時は文化祭だったんで。普段はこんなもんす」

「んー、でも学校前で会った時も、それなりに元気だった──あ!」

「な、なんすか?」

あの時、いろはちゃんは不意に逃げるように立ち去ったことを思い出した。

「まさか、タマかみゃーに、何か言われてるのか?」

俺は、いろはちゃんの隣に腰を下ろした。

いろはちゃんが、すっと目を逸らす。

「じ、実は……」

「どうした? 隠さず言ってみろ」

「二人に、脅されてるっす!」

「え!? 本当か!?」

「あはは、冗談っすよ! 今の孝介サンの顔!」

俺の肩をバシバシ叩く。

くそ、見た目も派手だが笑い方も派手だ。

腹立たしいが、ぱっと賑やかになる感じがして、やっぱり笑顔の方がいいなと思う。

「で、じゃあ何で元気無いっぽいんだ」

「別に元気が無いワケじゃないんすけど」

目を伏せる。

付けまつげやメイクを取ったら、この子はどんな顔になるんだろう。

意外と純朴な、おとなしい表情を見せるのかも知れない。

「ただ、ちょっと後ろめたいっていうか」

「後ろめたい?」

「あの二人の彼氏さんと、あの二人の知らないところで話すのは、ちょっと……」

「なんだ、そんなことで遠慮してるのか。大丈夫だよ。アイツら、そんなに心は狭くないって」

「え?」

「ん?」

「い、いえ、心の広さの問題じゃなくってですね、やっぱ、嫌じゃないっすか」

「何が?」

「だから、他の異性と仲良くされるのって……」

「まあ、俺なんかは器が小さいから、アイツらが学校で男子と仲良くしてるのかな、なんて考えて嫉妬したりもするけど、アイツらはそんなことないだろ」

「え?」

「ん?」

何か二人に対する認識に、齟齬そごがあるのだろうか?

「えっと、その、乙女心というものがあるんすよ」

「だとしても、アイツら、いろはちゃんのことを好きだし信用してるよ?」

「だ、だから後ろめたいっていうか……」

「ん?」

「いや、あの、二人は、学校では、上手く男子と距離を取ってるのでご安心を」

何か話がすり替わったような、そうでもないような?

「そっか、ありがとう。で、いろはちゃんは男子とは仲良くしてるのか?」

「い、いえ、あたしはビッチとか思われてるんで、そっち系の軽い男子しか話し掛けてこないんで……」

それって、何か腹立つなぁ……。

「話してみるとビッチじゃないってバレて、ていうか、話が合わないんすよね」

確かに、口調はともかく、話してみれば普通な、というより、寧ろ価値観が近い方に属する子に思える。

「あ、よい明星みょうじょう

ビッチと思われている子の、ビッチらしくない言葉で俺は空を見上げた。

金星が輝いていた。

「こっちだと、目立つ星しか見えないよな」

「そういや孝介サンは、どこか田舎の出身なんすよね?」

「ああ、アイツらから聞いてるか。ビックリするくらいド田舎だよ」

「ほ、星がいっぱいっすか?」

いろはちゃんの目が輝いた。

「うん。今の時期だと、えーっと、アンドロメダ座やペルセウス座が見えるかな」

夏に帰郷して夜空を見たとき、あの二人に全く星の名前が言えなかったので、あれから少し勉強した。

「あ、あたしのお父さ、ち、父は星が好きで、天体望遠鏡が家にあるっす」

「へぇ、いいなぁ」

あれ? 派手ではない、なんかとても素直な笑顔が返ってきた。

「でも、肉眼で見る満天の星が、一番綺麗っす」

「だよな」

「は、はい!」

何だかコンビニ前に座ってみる星空が、と言っても金星しか見えていないけれど、それでも、故郷の空へと繋がっているのだと思えて嬉しかった。

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