第80話 みゃーの日 4

机から溢れそうなくらいの料理。

それらのほとんどを三人で食べきった。

オムライスが得意だと言っていたが、どんな料理も美味しかった。

お酒は飲まないと決めていたはずのみゃーママは既に酔っ払っていて、俺もそれに付き合わされている。

「美矢の秘蔵フォルダの画像、見るぅ?」

みゃーママがニヤリと笑う。

「ちょ、それはダメ!」

いったいどんな画像が……。

「じゃーん!」

みゃーの、全裸画像だと!?

……五歳児くらいの。

「もう、やめてってば!」

「じゃあこれいっちゃおうか──あ」

何やら意図しない画像を開いてしまったようで、直ぐに閉じられる。

一瞬だったが、今とそう変わらないみゃーが、全裸でお風呂に入ろうとしている写真であることは判った。

「ま、まだ毛が生えてないから、この子が中学に上がる前かなぁ、あはは」

ウソだ。

みゃーママは誤魔化そうとするが、俺の目は誤魔化せない!

身体のライン、胸の膨らみ、それらはもう今と大して変わらないものだ。

いや、毛が確認出来なかったのは謎だが。

「もう、お母さんのバカ! 今日は私の秘密、二つだけしか明かすつもりは無かったのに!」

二つ?

家のことと、母親のこと、だろうか?

そして三つめが……。

「ど、どうせヤる時にバレるんだし怒らないでよぉ」

「十八までに生える予定だったのに!」

「そんなの気にしなくたって、寧ろ男は喜ぶわよ。ねえ?」

俺に振るのか!?

「いや、まあ」

ここは曖昧に濁しておく。

「まあ確かに、無いよりある方が両方に対応出来るわよねぇ。邪魔ならればいいわけだし」

「いや、天然と剃毛ていもうでは価値が違いますよ」

あれ? 何言ってんだ俺。

「絶対、こんなガキは相手に出来ないって言われるもん……」

いや、そんなに深刻なことなのか?

「ほらぁ、何か言ってやりなよ。ウチの娘、泣かしたら承知しないから」

「えっと、ほら、前にも言ったけど、お前はお前のままでいいんだ。ずっと変わらないでいてくれ」

あれ? 何か誤解を招くような気が……。

「ずっとそのままでって、あんたロリコンだったの……」

「違います!」

断言はしたけど、現状、はたから見たらロリコンなんだよなぁ……。


「寝ちゃったね」

みゃーママが酔い潰れてしまう。

寝顔はあどけなくて、とても三十代には見えない。

いびきはかいているけど。

「もう、恥ずかしい……」

そう言いながらも、母親にタオルケットを掛ける。

みゃーママの寝顔を見ながら思う。

俺の今の歳より十年も前から、この人は子育てをしてきたんだ。

しかも女手一つで。

みゃーから見れば二年後のことだ。

想像出来るだろうか?

小さな小さな赤子が、こんなに大きくなるまでの十七年間を。

「そう言えば、さっきはよく素直に話してくれたな」

「ライバルのこと?」

「ああ」

「お母さんの様子が変だったし、て言うか、お母さんって酔っ払ったりすると自己嫌悪モードになっちゃうことがあって、まあ、その、伝えたい気持ちでもあったというか……」

俺は、コップのビールを飲み干す。

普段、あまり飲まないけど、今日は特別に美味しく感じる。

「いいなぁ」

しみじみと、そんな言葉が自然と口から出た。

「……こーすけ君、今日はありがとう」

「何でお前が礼を言うんだ?」

「来てくれて食べてくれてお母さんの相手になってくれて、それから、答を聞いてないけど……受け入れて……くれたよね?」

拒む理由なんてどこにも見当たらないのに。

「呼んでくれて御馳走になってお母さんに会わせてくれて、それから、全てを見せて……くれたよな?」

「もう! 画像のことは忘れて!」

違う! あの画像のことを言ってる訳では無い!

まあ忘れないけどな!

「エロい顔してる」

「当たり前だ」

「あ、開き直った」

「好きな子の裸を見たら、誰だってそうなる」

「……こーすけ君」

「みゃー」

見つめ合う。

「マ、マジックで書いた方がいいかな?」

「は?」

「それとも、ウィッグかなんか買ってきて、付け毛しようか?」

何を言ってるんだコイツは?

「育毛剤って、下の毛にも効果あるのかなぁ」

「いや、さっきも言ったけど、毛なんてただの飾りですよ?」

「飾りなら、あった方がいいんじゃないの?」

「いや、すっぴんの方が可愛いとか、アクセサリーなんて着けない方がいいとかあるだろ?」

「んー、そう言ってくれるなら、何もしないけど……」

判ってくれたか。

下手に育毛活動されて、タワシみたいになられたら困るからな。

じゃなくて、キスでもしてしまいそうな雰囲気はどこ行った!?

「だー、もうじれったい!」

みゃーママが起き上がる。

アンタ、いつから起きてた!?

「おい童貞」

「は、はい!」

「女が雰囲気を壊すような発言をしそうになったら、その瞬間に唇でふさぐんだよ!」

「いや、でも!」

「それから美矢!」

「な、なに?」

「あの雰囲気で陰毛の心配するヤツがあるか! 猛省もうせいしろ!」

「で、でも、あのまま流れで脱がされたらとか考えたら、確認取っておかなきゃって」

「あの場で陰毛の話をする方が、陰毛が無いことより百倍恥ずかしいわ!」

「ひどい……」

「まあまあ、今日はせっかくのみゃーの日なので」

そういえば、まだ言ってなかったな。

正確には明日だけど、今日はみゃーの日で、生まれてきてくれたことを喜ぶ日。

更に俺にとっては、出会えたことも、祝えることも喜ぶ日だ。

心から。

「みゃー、誕生日おめでとう」

その言葉だけで、満面の笑みが返ってくる。

でも、もう一つ。

俺とみゃーは目を合わせた。

お互いが頷いて、次に言うべきことを理解する。

俺はみゃーの唇を注視する。

せーの──

「お母さん、ありがとう」

俺がお母さんと呼んでいいものか迷ったし、声も少しズレてしまったけれど、感謝の気持ちを込めた。

今日はみゃーの日で、産んで育ててくれたことを感謝する日。

みゃーママも、みゃーと同じ満面の笑みを浮かべて、でも、長くは持たずに、

「どういだしましでぇ」

と言って、また少し泣いた。






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