第73話 授与式?

「着けてくれますか」

人混みを避け、近くの公園に腰を落ち着けると、タマちゃんがおねだりするようにチョーカーを差し出してきた。

「次に私もね」

みゃーは、にこやかに言う。

公園は無人ではない。

それなりに大きな公園で、休日のせいか家族連れやカップルの姿もちらほら。

いいのだろうか?

真っ昼間から、女の子の首の後ろに手を回しても。

いや、抱き締める訳でもキスする訳でも無い。

チョーカーを着けるだけ、そう言い聞かせて手を伸ばす。

手の甲にタマちゃんの髪が、手のひらには肌が触れる。

上気したような顔で、俺を見上げてくるタマちゃん。

何か下ネタを言ったり、からかったりしてくるかと思ったが、借りてきた猫みたいにおとなしくしている。

ドキドキしながらも、滞りなく着け終えると、チョーカーの鈴がちりんと鳴って、タマちゃんが笑った。

首輪を着けた猫みたいだ。

「拘束されました」

嬉しそうに、いや、幸せそうに言うものだから、いつもみたいにツッコめない。

気に入ったのか、首を傾げたり身体を動かしたりして、何度もちりんと鈴を鳴らす。

まるで、私はここにいますと言ってるみたいに。


「私も鈴が付いてるやつにすれば良かったかなぁ」

「でもこれは、絶対みゃーに似合うよ」

赤い色も、リボンの形状も、着けるまでもなく似合うと判る。

みゃーの首に手を伸ばす。

くすぐったいのか、「んっ」と甘い声を出す。

何か、背徳感のようなものにとらわれる。

白くて細い首。

唾を飲み込む時には、それはなまめかしく動く。

赤い帯は白い肌にえ、扇情的にすら見えた。

リボンは可愛いはずなのに、何故か挑発的でもある気がした。

「捉われの身になっちゃった」

悪戯っぽく笑う。

ヤバい。

タマちゃんは可愛くなって、みゃーは色気が増した。

二人が並んで立つと、所有欲が満たされるように思えて、俺は慌てて首を振った。

こんな小さな物ひとつで、惑わされてしまいそうになる自分に驚く。

「二人とも似合うよ」

内心を隠して、俺は笑顔で言った。


「こーすけ君、ありがと」

タマちゃんがトイレに行って、みゃーと二人きり。

「お礼を言われるほどのことはしてないよ」

「こーすけ君には、もう一仕事残ってるから」

「え?」

「私はこれにて退散。後はタマちゃんと二人で行動して」

「お前は何か用事でもあるのか?」

「タマちゃん、誕生日が嫌いなの」

「は?」

「タマちゃんの両親って、凄い合理主義者みたいで、誕生日プレゼントとか貰った記憶が無いんだって」

「いや、合理主義者だからって、そんなことあるか?」

高校生になってからならともかく、自分の子供に誕生日プレゼントを渡したことの無い親なんているのか?

「んー、なんかお兄さんが物凄く優秀な人で、両親はそっちにばかりかまけてるっていうのもあるみたい」

「タマちゃんだって優秀だろうが!」

成績は優秀なはずだ。

ひねくれたところはあるけど、優しい子でもある。

「タマちゃんは、それで努力してきたの」

「……」

「両親に褒められたくて、構ってほしくて。でも、変わらないって、諦めてるみたい」

うちの親は放任主義だと言ってたことがあったが、そんなのただのほったらかしじゃないか。

「タマちゃんが、金曜日にこーすけ君の家に行くのを認めてるのも、それが理由。私は片親でも、お母さんと仲がいいし、晩御飯も二人で楽しく食べてるけど、タマちゃんは食事中の会話は無いみたいだから」

「二人で色々と取り決めしてる割に、なんかかたよってるとは思っていたけど……」

「そういうわけで、今日はタマちゃんの日。生まれてきてくれたことと、生まれてきたことを喜ぶ日」

たとえ親が無関心であっても、俺とみゃーは、その日を祝福する。

そしてタマちゃんも、そうであってほしい。

「そこにはお前が加わっていた方がいいんじゃないか?」

「私は普段から、学校でタマちゃんに愛情注ぎまくってるから」

みゃーは、今までどれほど、タマちゃんを勇気づけてきたのだろう。

「俺にそんな大役が務まるのかな」

「こーすけ君でないと出来ないよ」

「まあ、今日のアイツ、確かにちょっとおかしいというか、子供っぽいところがあったけど」

「多分、こーすけ君が思ってる以上に、タマちゃんは子供だから。だから、今日は私のことは気にせず、思いっきり甘やかしてあげて」

「……判った」

「それから、最後には、頭を撫でること」

「アイツの? おとなしくしてるかな」

「嫌がる素振りを見せても、構わず撫でること」

「……了解」

「あと、一つだけ我儘」

「何だ」

「次は、私に優しくしてね」

「ああ。お安いご用だよ」

「ではでは、私はトンズラしまっす!」

最後は、やっぱりニッコニコで去っていく。

その背中を見送りながら、今にも羽が生えてきて、空へと飛び立つんじゃないかと思ってしまいそうになる。

みゃー、お前がいれば、きっとタマちゃんは幸せだよ。






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