第72話 お出掛け

「みゃーへのプレゼントは何がいいんだろう」

以前、みゃーの生徒手帳を預かった時に知った誕生日。

あの頃は、まさかこんな関係になるとは思っていなかったが、念のため登録しておいて良かった。

「初キスはみゃーに譲りますが、ロストバージンは私が先にする予定です」

「何の話だ」

「誕生日プレゼントの話ですが?」

「なるほど、タマは十七歳の誕生日は何もいらないと」

「あ、頭を撫でてくれたらそれで……」

「え?」

「な、何でもありません!」

聞こえてはいたけど、タマちゃんの誕生日をそれだけで済ますわけにはいかない。

お金をかければいいというものでも無いが、二人への感謝は途轍とてつもなく大きいのだし。

「ところでタマの誕生日はいつなんだ?」

既に過ぎているなら、みゃーへのプレゼントを買うときに一緒に買わなければ。

「明日ですが?」

「は?」

「私の誕生日は、ちょうどみゃーの一週間前です」

「もっと早く訊いておくべきだった……」

「何を言っているのですか。そのために今日は待ち合わせをしているのですが」

今日は日曜日で、二人は今、駅のホームに立っている。

もうすぐみゃーも来るはずだ。

三人で出掛けようという話が出た時に、みゃーの誕生日プレゼントも買おうということになったのだが、まさかタマちゃんの誕生日がそんなに近いとは。

「二度手間をかけさせるのも申し訳ないので、二人まとめてプレゼントを買ってもらおうという魂胆こんたんです」

「気を遣わせて悪いな」

「いえ。ところでさっきの話ですが、私が一週間お姉さんということで、ロストバージンは私が一週間先に、ということでよろしいですか?」

「タマちゃん、そういう密約は協定違反だよ」

みゃーが背後から現れる。

「みゃー、おはよう」

「こーすけ君、おはよう!」

「おー、おはよう」

「みゃーが私の挨拶をスルーした……」

タマちゃんが項垂うなだれている。

「こーすけ君、今日はせっかくの休みなのにごめんね」

「いや、寧ろ楽しみにしてたくらいだし」

「みゃーが私を……」

タマちゃんが打ちひしがれている。

「だったらいいんだけど、でも、プレゼントなんてホントにいいからね」

「選ぶのは苦手なんで、これが欲しいとか言ってくれた方がありがたい」

「まあ……買ってくれるなら、一応タマちゃんと欲しいものは決めてあるんだけど……」

申し訳なさそうに俺を見上げる。

「遠慮するなって」

頭をポンポンと叩く。

タマちゃんが、ああ! という顔をする。

何だ? タマちゃんもしてほしいのか?

ポンポン。

「せ、性衝動を人の頭で解消するのはよしてくださいま──痛っ!」

ポンポンからゴツンに切り替えると、ねたのか離れたところに立つ。

電車が来た。

「タマ、置いてくぞ」

「タマちゃん、置いてっちゃうよ」

「いやぁ」

何だか、今日のタマちゃんは子供っぽい。


都心に出て、若者向けの店が多い一画を歩く。

ファッションや食事にこだわることの無い俺は、仕事以外で都心に出ることもあまり無いので、少し居心地の悪さを感じる。

二人が入る店に付いていくと、場違い感が増して、更に居心地は悪くなる。

周りは若い女の子ばかりだ。

服ではなく、ファッション雑貨とでも言うのか、ベルトやストール、傘や財布などの小物を扱っているようだ。

「孝介さん、浮いてますね。空も舞える勢いです」

「……外で待ってていいか?」

「何を言ってるんですか。下着売場でないだけありがたく思ってください」

まあタマちゃんならそれも有り得たから、まだマシかも知れない。

「ごめんね、こーすけ君。この店で決めちゃうから」

「いや、じっくり選んでくれ」

みゃーの気遣いに、気遣いで返しただけだが、タマちゃんは頬を膨《ふく

》らます。

やっぱり今日は、どこか子供っぽい。


最初からある程度の目星は付けていたらしく、大して待たされることなく二人に呼ばれる。

「これ、いい?」

チョーカー?

正面がリボン状になった赤いものだ。

「私はこれを」

タマちゃんが選んだのは、紺色の、ベルトを小さくしたようなデザインのもので、鈴がぶら下がっている。

値段は二千円前後で、予算よりだいぶ安い。

「いいのか? もっと高くていいんだぞ?」

と言っても、チョーカー自体、それほど高いものは無さそうだが。

「これがいい」

みゃーはニッコニコで言う。

タマちゃんは、こくりと頷く。

それを店員さんに包んでもらう。

何となく、いや確かに、店員の目は冷たい。

若い女の子、しかも二人にチョーカーというのは、何か良からぬものを連想させるのか。

「私はペットです」

「うぉい!」

タマちゃんの一言で、店員さんの顔が引きつる。

「因みにチョーカーには、窒息させるという意味もあるみたい」

みゃーも余計なことを言うな!

「パパぁ、リードも買ってぇ」

タマぁ!

「あ、ありがとうございました」

最後には愛想笑いもなく、形だけの挨拶で済まされる。

店を出た後で、通報でもされるんじゃなかろうか。


プレゼントは買ったが、このまま帰るという訳にもいくまい。

昼食、場合によっては夕食まで付き合うことになるだろう。

楽しいけれど、前途多難というか、疲れる一日になりそうだ。

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