第70話 告白?

「あらあら、まだいらっしゃったんですか」

みゃーが淹れてくれたコーヒーをゆっくり味わっていると、タマちゃんが辛辣しんらつな言葉を投げてきた。

「みゃーはまだ怒ってるのか?」

「最初から、あの子は怒ってなんかいませんよ」

「え?」

「みゃーがあのくらいのことで怒ると思ってるんですか? 寧ろ自分の好きな友達と仲良くなってくれたって喜んでますよ」

「いや、でも」

「怒ったふり、嫉妬したふりをしているだけです。女の子として見てほしいから」

「……」

「みゃーを呼びますか?」

「ああ。頼む」


二人が俺の向かいに座る。

男子生徒の視線が気になるが、女子生徒もチラチラこちらに目を向けるくらいだから、この二人とオッサンの組み合わせは相当なインパクトなのだろう。

ただ、タマちゃんは意にも介してないようだし、みゃーは柔らかい表情をしている。

やっぱり怒っていたわけでは無いらしく、最近の俺の態度に対する意思表示みたいなものだったのか。

「さっきは態度悪かったよね? ごめんね」

コイツは、本当に天使か何かじゃなかろうか。

「でも、こーすけ君が私達を娘みたいに扱うから。私達だって、嫉妬もすれば、欲情もする」

欲情とか言われると困るが、それでも、今の俺の本心は伝えておかなきゃならない。


「いろはちゃんはいい子だった」

何から話せばいいのか判らないが、まずはさっきのことから。

「あんないい子が、お前らの友達で良かったと思った」

「だよね! こーすけ君なら判ってくれると思ってた。でも──」

「つまり、そういうことなんだ」

「そういうこと?」

「何を考えるにも、お前らが基準で中心になる。あの子がいい子であることも、お前らの友達だったから良かったと思える。そうでなかったら、いい子だろうが悪い子だろうがどうでもいいことなんだ。朝起きて最初に考えるのはお前らのことだし、夜、眠る前に思うのはお前らのことだ」

「こーすけ君……」

「情けないけど、四六時中、お前らのことばかり考えている。だから、時には父親のようにもなるし、お前らのことを我が子のように大切に思うこともある。そして、そう思うことは自然なことで、俺はお前らが大事で仕方ないんだ」

「それは、嬉しいけど……嬉しいことだけど、それだけじゃ嫌、っていうのは我儘?」

みゃーは心細げに、窺うように俺を見る。

「お前らを女性として、はっきり言えば、性的対象として見ることは、意識的に避けていた」

二人が、何か言いたそうに口を開きかけるのを手で制する。

「それが不服と言われても困るのだけど、避けていたってことは、意識しているからだ」

いや、二人とも何で前のめり気味なんだ。

妙なプレッシャーに気後れしそうになるが、はっきり言わなければ。

「正直に言えば、抱きたいと思ってる」

「!」

「ま!?」

前のめりどころか、立ち上がって身を乗り出してくる。

つーか、近い。

「でも、それはまだ駄目だ」

二人が落胆したように腰を下ろす。

それどころか、タマちゃんの方から舌打ちが聞こえたような気がする。

「我儘は言ってくれて構わない。でも、俺がお前らを大切に扱うことは、絶対に曲げられない」

これは、もはや告白だ。

これで俺の気持ちは伝わるはず……。

「……こーすけ君」

みゃーの目が、少女漫画のようにうるうるキラキラしてる。

「みゃーは今、めろめろきゅんきゅん状態です」

「よ、よく判らんが、好意的、肯定的に受け止めてくれたことは判った。タマはどうなんだ?」

「私は今、ぬるぬるびしょびしょ状態で──痛っ!」

「人が真面目な話をしているのに茶化すな」

「茶化しているわけでは……ないのですが」

「は?」

「大切だの抱きたいだの言われたら、こっちは替えの下着もほしくなります」

えっと、冗談では、無い?

「ど、どうしたらいい? コンビニに売ってたっけ?」

「……まるで初潮が来た娘に戸惑う男親のようですね」

タマちゃんがジト目になる。

ただの童貞の反応のはずが、また親みたいになっていたのだろうか。

「そういう反応に不満がある訳ですが……まあ、孝介さんの気持ちはよく判りました」

仕方の無い人とでも言いたげに、溜め息をついて俺を見据える。

まるで、叱られている気分だ。

「私達のことが好きで好きで、朝から晩まで考えていることも、よーく判りました」

改めて言われると恥ずかしい。

「正直なところ、まったくやれやれなんて思ったりもしますが……」

タマちゃんの声が小さくなり、何故か口を尖らせる。

「……ちょっと惚れ直してしまいました」

「え?」

ぷいっと顔をそらす。

「以上です! 行こ、みゃー」

「え、タマちゃん狡い、私にも何か言わせてー!」

タマちゃんがみゃーを引き摺って行く。

俺は冷めきったコーヒーを口に含んだ。

動揺している。

くそ、いくらアイツらの気持ちが判っているつもりでいても、ドキドキするのは仕方ないんだよ。

ブラックのはずなのに、コーヒーは何故か甘く感じられて、それなのに美味しかった。

「鼻の下伸ばしやがって」

え?

「ニヤけた顔しやがって」

聞こえてくるヒソヒソ声。

「くそウゼー」

「死ね」

……。

教室には憎悪の感情が渦巻いていて、俺はたまらず逃げ出した。

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