第69話 メイド喫茶 3
「センパーイ、お待たせっす」
いろはちゃんが、コーヒーとサンドイッチを持ってきてくれる。
いつの間にか俺は先輩になっていたが、何か心地いい響きだ。
「美矢からセンパイはブラックが好きと聞きましたので、砂糖は入ってないっす」
さっきまでタマちゃんが座っていた席に、いろはちゃんが座る。
相席サービスでもあるのかと周りを見渡すが、他に座っているメイドはいない。
と言うか、いろはちゃんもメイド服を着てくれている。
ケバい。
ケバいがアリだ。
上品なメイド服とのミスマッチが、親しみやすさみたいなものを感じさせるし、もともと派手な顔立ちのせいか、服装に飲まれず意外と映える。
「みゃーは怒ってなかったか?」
「へ? 美矢が? 何言ってるんすか、美矢が怒るなんて、犯罪者クラスのドクズレベルでなきゃ有り得ませんって。センパイも知ってるっしょ?」
「あ、ああ。そうだな」
やべー、俺、ドクズなのかも。
だとしたら、こんな風にいろはちゃんと一緒にコーヒーなんか飲んでいていいのだろうか。
「あ、センパイ、コーヒーはそっちを飲み干してからって指令っす」
「誰から?」
「多摩さん」
「……」
うーん、甘いけど、何か苦く感じるのは何故だろう。
「その、みゃーは、いろはちゃんに何か言ってなかった?」
「おお、いろはちゃんなんて男子に呼ばれたのは初めてっす」
いや、男子じゃないけどな。
「あたし、ガサツであんまし女の子扱いされないんで……でも、年上の人からしたら子供っすもんね」
「いや、普通に女の子だし、その服も似合ってる」
「あは、お世辞はいいですって」
肩をバンバンと叩かれる。
女の子らしい華奢な手と、飾り気の無い綺麗な爪だ。
「おっと、美矢のことでしたね」
「ああ」
俺は甘いコーヒーを飲み干した。
口直しがしたくて、いろはちゃんが持ってきたコーヒーに手を伸ばす。
「どうっすか?」
俺の口許を見て、いろはちゃんが訊いてくる。
「うまい」
缶コーヒーやインスタントばかり飲んでいるから、舌が肥えている訳では無いが、それでも美味しいと判る。
いや、俺の好みの味、濃さなのだろうか。
いつも飲んでいるコーヒーの上位互換みたいな。
「それ、美矢が淹れたやつっす」
「え?」
「センパイの好み、
「……」
「まあ、そういうことっしょ」
そういうことって、どういうことだろう?
アイツが俺のことを思ってくれてることは判っているけど、でも……。
「あ、美矢からは何も言われなかったっすけど、多摩さんからは伝言アリです」
「なんて?」
「娘や妹にになった覚えは無い、だそうです」
「……」
「あと、ま、まざふぁっかー?」
……言いたいことが何となく判る。
臆病者、と訳すのが相応しいだろうか。
それとも、娘扱いしておいて、恋愛感情を抱いていることを
最近の俺の、アイツらに対する態度や感情を、二人は感じ取っている。
まるで父親のように見守ろうと、巣立っていくなら応援しようと、そういう気持ちを、アイツらは複雑な思いで受け止めているのだ。
「あたしには何のことだか判りませんけど、年の差なんて考えるだけ無駄っすよ」
「いや、でも」
「道具だって大事に扱い過ぎると、本来の魅力も性能も発揮できないっしょ。飾って眺められるだけの道具に価値なんてあります?」
「……」
「……まあ、そこまで大事にされるのも、女の子としては嬉しいっすけどね」
俺は、結局のところ、覚悟が足りなかっただけなのだろうか。
それとも、アイツらを信用しきれてないのだろうか。
「さてさて、あたしはそろそろ」
「いろはちゃん」
「はい」
「サンドイッチ、美味しかった」
「あ、それは私って判りました?」
「みゃーならもっとトマトを入れて、タマちゃんはマヨネーズを多くすると思う」
「……ちょっと二人が羨ましいっす」
俺は苦笑する。
こんな冴えないサラリーマンとの関係を羨む必要なんて一つも無いのに。
もっともっと素敵な出会いが、これからのいろはちゃんには沢山待っているはずなのだし。
「あ、その目が駄目なんすよ!」
「え?」
「あたしを見る目が、完全に保護者のそれでした!」
「そ、そうかな」
「女としてそれは許容できないっす!」
「う、気を付けるよ」
「あたしにじゃなく、二人にっすよ!」
「了解」
俺は、年下の女の子に励まされてばかりだな。
どうしても自嘲が混ざってしまうけれど、感謝の気持ちを込めて笑う。
「っ! ちょ、ど、ドキッとなんてしてないっすからね! 勘違いは駄目っすからね!」
最後にツンデレ?
「なーんてセリフが似合えばね……」
「え?」
「セーンパイ、今日は話せて良かったっす」
「ああ、俺もだ」
「では!」
……まるで、優しい嵐だ。
年齢なんか関係無く、人は人から学べるものが沢山あって、俺はもっと、学ばなきゃならないことがいっぱいあるのだろう。
今はまだ、何をどう伝えればいいのか判らないけれど、俺はみゃーが出てくるのを待つことにした。
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