第68話 メイド喫茶 2

みゃーは怒ってどこかへ行ってしまったし、いろはちゃんが来るまで十分以上はかかりそうだし、俺にはすることが無い。

仕方無く水を飲み、教室を見渡す。

普段、みゃーとタマちゃんが授業を受け、友達と会話したりする空間だ。

黒板側はカーテンで仕切られ、調理スペースになっている。

電気調理器などが運び込まれているのだろう。

客席は十五人分くらいか。

テーブルクロスが掛けられてはいるけど、椅子はき出しのままなので、ちぐはぐな印象を受ける。

メイド服を着た女子高生が行き交う光景は華やかではあるが、違和感も大きい。

それに、正直なところ、みゃーやタマちゃんほど人目を引くような子は見当たらない。

って、タマちゃんは?

ぐるりと周囲を見渡して、俺のほぼ真後ろ、教室でいちばん目立たない隅っこに、ポツンと立っているのを見つける。

たぶん、お客さんに呼ばれるのが嫌で、なるべく隠れていようという考えなのだろうが、逆に目立っているような。

そもそも、最初からタマちゃん目当ての男子生徒もいるようで、普段誰も注意を向けない教室の隅が、にわかに注目スポットになっていた。

声を掛けるなオーラが出ているのだろうか?

隠れているようで目立っているタマちゃんを誰も呼ばない。

タマちゃんと目が合う。

ぷいっと顔を背けられたが、直ぐにチラッとこっちを見たので手招きする。

猛者もさだ、という声が、どこかから聞こえてくる。

事実、タマちゃんは渋々、嫌々といったていで歩いてくるから、傍目はためには、俺の行動は豪胆なものに映るだろう。

「お会計はあちらです」

「まだ水しか飲んでねーよ!」

メイド服を着たタマちゃんは、お人形さんのように愛らしいが、声は冷たく口調はぶっきらぼうだ。

周りの視線が気になるので、お互い、声をひそめてのやり取りだが。

「みゃーを怒らせたようですが」

「ああ、注文はいろはちゃんにしたからって言ったらご覧の通りで」

「いろはちゃん?」

「そう、学級委員長の」

「孝介さん」

「何だ?」

「私は、よんぴーは認めませんよ?」

「……」

みゃーが怒ったのは、いてくれたからだと判っている。

でも、そんな誤解は簡単に解けると思っている。

タマちゃんの声が酷く冷たいのも、きっと同じことだ。

同じことだが──

「な、何故フォークを?」

どこから取り出したのか、手にはフォークが握られていた。

「ヤンデレ喫茶です」

病んでるだけで、これもきっとデレは無い。

「いろはちゃんは、いい子だと思った」

「まだ言いますか」

フォークが近付く。

「たぶん、タマもみゃーも、そう思ってるって感じたから、俺は俺なりの誠意であの子と接しただけだよ」

フォークを持つ手を下ろす。

物分かりがよくて助かる。

「あの子は、お前達から聞いて俺のことを知っていた。その上で俺を歓迎してくれた。お前とみゃーのことが好きだからだろう。俺はそれが嬉しかったし、共感するものがあったから」

「……コーヒーでいいですか」

「いや、後でいろはちゃんが」

「二杯くらい飲めるでしょう?」

「美味ければ」

「……みゃーに愛情を注がせます」

「タマは?」

「あなたのためではなく、職務です」

うーん、もう一声ほしいなぁ。

「因みに、タマがコーヒーを淹れるのは何杯目だ?」

「……一杯目ですが?」

仕事しろよ。

まあ客寄せには役立っているみたいだが。

「タマの一杯目を飲めるのは光栄だな」

「わ、私の手料理を食べてる人が、何を言ってるんですか!」

プイと横を向く。

あ、ちょっとデレが来たか?

「コーヒーそのものだけじゃなく、メイド服を着たタマに給仕してもらえることがだよ」

「な、何が望みですか」

「え?」

「何属性をお求めですか!」

「え、じゃあ、妹で?」

「判りました。コーヒーを淹れてきます」

……まさか、タマちゃんが?

いやいや、あのタマちゃんが妹を演じてくれるとは思えない。

みゃーがコーヒーを持ってくる、という可能性も考えられる。

俺はあまり期待せずに、窓から校庭を眺めて待つ。

運動部が、何かパフォーマンスをしている。

みゃーは運動神経はいいのだろうか。

タマちゃんは運動が苦手そうだ。

ただの校庭も、そこに二人の姿を思い描くと、俺には特別な場所に思えた。


タマちゃんが、トレイに二つのコーヒーを乗せて戻ってくる。

俺の席の前に立ち、何やら溜め息をつく。

いや、深呼吸か?

「お兄ちゃん、コーヒー持ってきた」

「っ!?」

この衝撃は何だ?

「ここ、座っていい?」

「あ、ああ」

タマちゃんは隣のテーブルの椅子を、俺の席の向かいに移動させる。

そこにちょこんと座ったかと思うと、うつむいてしまう。

恥じらう妹が降臨した。

「えっと、座ってていいのか?」

「うん、休憩もらったから」

俯いたまま答える。

ヤバい! 妹タマは凶悪だ!

……周りの視線も凶悪だ。

いや、妹プレイはバレてないようだが、相席している段階で、もう殺意がビシビシ伝わってくる。

「タマ」

「なに? お兄ちゃん」

ヤバい。

語彙がどんどんと脳内から失われていくのを感じる。

ていうか、妹のくせに何故そんなに頬を赤らめるのか。

このままでは周りの誤解を招く。

妹モードはやめさせるべきか、いや、でもこの可愛さをもっと味わいたい!

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、せっかく休憩なんだから、何かタマの好きなものでも頼んだらどうだ?」

「いい」

「昼飯は食べたのか?」

「まだだけど……」

「だったら」

「恥ずかしくて、何も喉を通らないから……」

「タマ……」

心なしか、プルプル震えているような?

「~~もう無理っ!」

あ、妹モードがけた。

「こ、このはずかしめは忘れません!」

ええっ、俺のせい!?

「いろはさんが帰ってきたようなので交代します!」

タマちゃんが席を立つ。

……短い夢だったな。

でも、いい夢だった。

俺は満ち足りた思いでコーヒーを口に含んだ。

「甘っ!」










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