第67話 メイド喫茶 1

文化祭は二日目の午後に行くことにした。

いつも通勤途中で見慣れている高校の校門が賑やかに彩られ、行き交う生徒の表情も明るく見える。

まずは受付で記帳する。

何故か俺の字を食い入るように見ていた受付の女子生徒が、勢いよく顔を上げる。

「孝介だ!」

「誰だよお前は」

ケバい。

ケバいがどこか人の良さそうな目をしている。

「みゃーのクラスの学級委員長っす。来たら教室に案内するように言われてるんすよ」

「そうか、じゃあ頼む」

見た目的に学級委員長というのは引っ掛かるが、みゃーが案内を頼んだくらいだから信頼できる子なんだろう。

「いやぁ、孝介だ。孝介っすね」

「何だお前は」

テンションけーな。

「美矢がよく話してるんすよ。あ、勿論あたしとか一部にだけっす」

「タマちゃんは?」

「おお、スゲー! 多摩さんをタマちゃん呼びする強者だ」

「何を言っている。タマちゃんは不愛想だが優しい子だ」

ケバい女がニヤニヤしながら俺の肩をポンポンと叩く。

「判ってますって。多摩さんは不器用っすからね」

何だ、判ってるのか。

「お前も不器用そうだな」

「え?」

「あ、いや、けなしている訳じゃ無くて、タイプは違うけど、タマちゃんと同じように誤解されやすそうだなと」

「ふふーん、ま、真面目ちゃんには敬遠されてるっすけどね」

「でも、学級委員長なんだろ?」

「いやぁ、学級委員長なんてなすり合いで、気に入らないヤツにやらせとけ、みたいな?」

「みゃーもタマちゃんも、お前のことちゃんと評価してるんだろ?」

「えへ、まあ、なんかあの子達、変わってるから」

ケバいけど、子供っぽくはにかむ。

やっぱりアイツらは、教師に向いているのかも知れないな。

何となく嬉しくて笑ってしまう。

「あ、孝介サン、笑うと子供っぽいっすね」

「黙れクソガキ」

そう言うと、何故か学級委員長はケラケラ笑い続けた。


「ここっす」

飾り付けは派手ではない。

だが、教室内は客で埋まっている。

なかなか盛況のようだ。

「委員長」

「なんすか?」

「お前はメイド服は着ないのか?」

「いやぁ、あたしは似合わないし裏方に徹しないと」

「そうか、見てみたかったけどな」

「あははは、ご冗談を!」

バンバンと肩を叩いてくる。

テンションはみゃーに近いが、自己肯定感の低さはタマちゃんに近いな。

「案内ご苦労」

「は、ご武運を!」

俺は何と戦うんだ?

「あ、そうだ」

「なんすか?」

「いつまで受付するんだ?」

「あと二十分ほどで調理の子と交代っすね」

「そうか、じゃあ俺にコーヒーとサンドイッチを頼む」

「え?」

きょとんとする。

やっぱりふとした表情に、子供っぽさと人の良さが垣間見える。

「予約だよ、予約。毒を入れるなよ」

「ら、ラジャー! 誠心誠意、作らせて頂きまっす!」

ビシッと敬礼した後、ぱぁっと笑って駆けていった。

うん、女の子は笑顔でいるのが一番だな。


「こーすけ君」

人目があるから過剰な大歓迎などは求めていないが、どうしてみゃーはジト目なのか。

「早速いろはちゃんに色目使ってた」

「いろはちゃん?」

「いいんちょのこと!」

ああ、アイツ、いろはっていうのか。

見た目とギャップがあるけど、何となく好意的に受け入れたくなるギャップだな。

「みゃーが案内を頼んでおいてくれたんだろ?」

「頼んだけど!」

「そんなことより、メイド服、似合ってるな」

「えへへー」

チョロい。

でも、実際に似合っているのは確かだ。

いかにもご奉仕します的な可愛らしい雰囲気が溢れ出している。

こうして二人で話していても、男子生徒の敵意のようなものが感じられるくらいだし。

「では、お席にご案内しまーす」

みゃーの後ろについていく。

ちょっと心配していたのだが、幸い、スカート丈は長めだし、割とシックで落ち着いたデザインのメイド服だ。

これなら高校生男子も邪な妄想は……するだろうなぁ。

「窓際のぼっち席でよろしいですか?」

「その名前は引っ掛かるが、それで」

「では、ご注文をお伺いしまぁす!」

ニッコニコだ。

「いや、いろはちゃんに頼んであるから、しばらく待つよ」

「え?」

ニッコニコが、すっと消えた。

黙って去ったかと思うと、水を持って戻ってきた。

コップを叩きつけるように机に置くので、水が零れる。

ツンデレモードで行くのか? いや、デレは無いような気がする。

「ごゆっくり!」

「あ、おい、妹モード──」

「ふんっ!」

珍しい。

みゃーが怒ってしまった……。


 



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