第66話 進路
有給休暇を、社長はさんざん嫌味を言った上で承諾した。
そろそろ新人を雇うとは言っていたが、仕事量がそれほど増えている訳でもない。
俺に危機感を抱かせるつもりかも知れないが、実際、優秀な新人が来れば、俺がいなくても回るんじゃないだろうか。
それはそれで悲しむべきことなのだろうが、どこかそれを待ち望んでいる自分もいる。
自分がやりたい仕事が何かなんて、明確な答は出せないけれど、理想を言えば、誰かの役に立ちたいのだ。
誰かが喜んでくれたり、社会のためになったり。
今の仕事も、どこかで役に立っているのかも知れないが、それは見えてこないし、社長の頭の中には「金」と「利益」しか無いように見える。
経営者とは、そうであるべきなのだろうか。
甘っちょろいと言われても、俺には「儲け」だけではなく、企業理念のようなものが欲しい。
「私は知っています」
何を言っているんだ、この性悪猫は。
仕事帰り、駅の改札を出たところで、みゃーとタマに出くわしたのだが、顔を見るなりタマちゃんがそう言い放ったのだ。
「……何を?」
「孝介さんが文化祭で、私にリクエストする属性を」
「……」
「たぶん、私には妹だよね?」
まあ、それを考えていたのは事実だが。
「私にはツンデレに違いないです」
「……それ、普段と大して変わらないだろ」
「なっ!?」
「いや、タマは元々ツンデレ系だろうが」
「い、いったいいつ私がデレましたか!?」
もしかしてコイツは、天然キャラだったのだろうか。
「それはそうと、俺の帰りを待ってたのか?」
「
「え? 料理まで作りに来てくれるのに?」
「あ、あの時はデレで、今はツンなんです!」
「やっぱりツンデレじゃねーか」
「っ~~!!」
何だか口惜しそうにしている可愛らしい生き物は放っておいて、みゃーを見る。
「ご相談、というか、ご報告?」
ニッコニコではなく、真面目な顔をしている。
相談だとまだ答は出ていない状況だが、報告だともう答は出ていることになる。
何に関することか判らないが、誤った答で無い限り、俺はそれを尊重したい。
先日、タマちゃんは「
秘密基地に移動する。
見慣れないシロネコがいたが、みゃーは普通に挨拶しているから顔見知りなのだろう。
「まだ早いかと思ったんだけど、途中経過というか、中間報告というか」
いつもとは違った改まった様子に、少し身構えてしまう。
「進路についてなんだけどね」
「あ、ああ」
「私とタマちゃん、お互いに相談せずに、自分の目指すものを決めたの」
目指す? 進学か就職か、というより、もう少し具体的なものだろうか。
「まだ二年生だから、これから変わる可能性もあるけど、取り敢えず私達はこうなりたいっていうのを、こーすけ君に伝えておきたいから」
それはとても嬉しいことだ。
俺が役に立てるか判らないが、二人に目指すものがあるなら応援したい。
ただ、嬉しくはあっても、未来へと目を向けている二人が遠くなるようで、寂しさも感じる。
親心みたいなものだろうか。
「本当に偶然だったんだけど、二人とも目指す方向が同じでビックリしちゃった」
「ビックリしました」
二人は、似てないようで似ていて、違うようで同じ価値観を持っている。
そうでなきゃ、二人揃って俺なんかに好意を寄せるはずもないし。
「で、何を目指すんだ?」
「私は小学校の先生」
私は? 同じものを目指すんじゃないのか?
「私は高校教師を目指します」
「……」
みゃーの小学校の先生、いいんじゃないだろうか。
たぶん子供達に人気の先生になるだろう。
いつも明るく、ちゃんと話を聞いてくれて、時には優しく叱る。
うん、俺が小学生だったら初恋の対象になりそうだ。
で、だ。
「タマが高校教師?」
「何か思うところがあるのですか?」
「いや、小学校の方が合ってるんじゃないか?」
美人の、ちょっと冷たい印象だけど、慣れてくると優しく受け入れてくれるような……。
「子供は、苦手ですので」
「それは判るが、だからって高校教師っていうのも」
「馬鹿でガサツな男子高校生の自尊心をギッタギタにしてやろうかと」
「
生徒の初恋対象じゃなくて、初トラウマ対象?
「私は、タマちゃんに合ってると思うけどなぁ」
ちょっと取っつき難くて、でもからかうと不器用に怒ったりして、悩みを打ち明けたら親身になってくれたり、時々見せる笑顔が可愛かったり?
みんなからは「タマちゃん先生」とか呼ばれて、「ちゃんは余計です」とか言っちゃうような?
……アリだ。
男子生徒の憧れに成りうる。
「タマちゃん先生」
「キモいです」
だがそれがいい。
何かに目覚める生徒もいるかも知れない。
「報告でもあり、相談でもあるのです」
そうか、そうだよな。
決めたとしても不安はあるし、迷いもあるだろう。
「俺が言えることはほとんど無いけど」
タマちゃんは心細げに俺を見上げる。
「タマは誤解されやすいタイプでもあるから、生徒に受け入れられないことも有り得ると思う」
今度は目を伏せた。
「ただ」
「ただ?」
「俺もみゃーも、お前の悩みを共有するし、何より、最終的にはいい先生になっていると思う」
「私は?」
「みゃーは心配いらん。人気の先生になる」
「むー」
「狡いです」
何で二人とも不満そうなんだ?
でも、そうか、こいつらは今、羽ばたく準備をしてるんだ。
そう遠くない未来に、俺の手元から飛び立っていくのかも知れない。
大切な人が、自分の目の届かないところで輝きを増していく。
それは、なんて悲しくて──
なんて嬉しいことなのだろう。
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