第62話 三人

少しは熱は下がったようだが、まだ出勤出来そうにない。

二人には来るなとメッセージを送っておいたので、今頃は学校で授業を受けているはずだ。

昨日のお粥の残りを温め直して食べる。

昨日より美味しく感じるのは回復してきているからなのだろうが、一人で食べるのは味気なくもある。


みゃーが置いていった栄養ドリンクを飲む。

三人だと、この部屋は狭いよな。

え?

……今、俺は何を考えたのだろう?

三人暮らし? いやいや、それはさすがに……でも……。

社会人になってから、一年はあっという間だ。

でも、アイツらにとってはそうじゃない。

高校生の一年は長く、毎日のように色んな出来事がある。

そしてその気持ちも、毎日の変化と同じで移ろいやすいものだ。

みゃーも、タマちゃんも、いつかは俺の元から離れていってしまうかも知れない。

その時に俺は、笑って送り出せてやれるだろうか。

三人一緒にって三人が思っているけど、やがてそれが二人になって、最後にはまた一人になるとしたら──

それはとても怖くて、考えたくもないことだけど、アイツらがより幸せになる道を見つけたら、それを祝える人間でありたい。


メッセージが届く。

時計を見ると、ちょうど昼休みの時間だ。

『昨日は失礼しました』

その一言と、一枚の画像が添付されていた。

みゃーとタマちゃん。

みゃーの左手とタマちゃんの右手でハートマークを作っている。

誰か他の友達に撮ってもらったみたいだ。

みゃーはニッコニコで、タマちゃんはぎこちない笑顔。

アイツら……。

『私が似合わないことをしたので、教室がざわめいてしまいました』

それって、可愛いからざわめいたんじゃないかなぁ。

『それでは、お大事に』

随分とあっさりしている。

昨日のこともあるから、邪魔しないように配慮しているのだろう。

俺はしばらく写真を眺める。

二人の背後には黒板が写っている。

そこには、俺の知らない二人の世界があって、俺の手が届かない繋がりがある。

親しくなっても、どうしても隔たりは無くならない。

それは、仕方の無いことだ。


うつらうつらとしている間に夕方になる。

熱は下がったっぽい。

身体が軽くなって、空腹を感じる。

何か食べるものあったっけ? そう思うと同時に電話が鳴った。

みゃーからだ。

「はい」

「何かご用命はございますかっ?」

エスパー美矢か。

「三大欲求のうちの二つを満たして差し上げます」

やや離れた位置からタマちゃんの声が聞こえる。

「睡眠欲を満たしてくれ」

本当は寝過ぎたくらいで既に満たされているが。

何やら二人で話し合っている。

「あなたのタマですが」

「あ、ああ」

「激しいプレイで疲れさせて眠らせる案がありますが、病気の身体に障って永眠する可能性が──」

「どんだけ激しいんだよ!」

「昨日より、声が元気です」

「ああ、お蔭様でな」

「と言うことは、性欲ですね」

「食欲だよ!」

また二人で話し合う。

建前だとか、一人で処理済みだとかいうタマちゃんの声が聞こえてくる。

「こーすけ君」

今度はみゃーか。

「何だ」

「またお邪魔してもいいのかな?」

「いや、いいと言うか、来てもらうのも悪いというか……」

「何が食べたい?」

面倒とか、迷惑とか、そんな感情は一切無いのだろう。

ただただ、俺が欲するものに応えようという気持ちしか感じられない。

「みゃーのオムライス」

「判った。じゃあ、直ぐに行くね」


また、この部屋が賑やかになるな。

一人、何故か笑ってしまう。

俺は一人になるのが怖いのではなく、自分の弱さが怖いだけかも知れない。

強くあれば、たとえ一人になったとしても、アイツらの幸せを願えるだけで満たされる気がする。

小さなノックの音。

「あなたのタマが参りました」

「みゃーも」

控えめなくせに、自己主張の強い二人の声。

俺は苦笑する。

でもそれは、俺を強くするんだ。

さて、明日の仕事への英気を養うとしよう。

俺は勢いよくドアを開けた。

「お帰り」

俺は二人を、そう言って迎えた。


次の日には、風邪は嘘のように治っていた。






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