第63話 ─閑話─ 買い物

地元の商店街を歩く。

地元とは言え、普段、あまり来ることは無い。

駅に行くには遠回りになるし、商店街で買い物をすることも無い。

子供の頃、母親と来たことがあったろうか?

いや、あの人は商店街で買い物をするタイプじゃない。

そもそも子供を連れてどこかへ行くことを、億劫だと考える人だ。

そんな訳で、地元の商店街が、私にとっては新鮮で心が浮き立つ場所になる。

雑踏、賑わい。

そんなものは好きでは無かったはずだけど、もしかすると、孝介さんと歩いた記憶が、この場所をちょっと特別なものにしているのかも知れない。

八百屋さんの前に来る。

あの日も孝介さんはここで買い物をした。

あの日と同じおばさんが店の前に立って、道行く人達に声を掛けている。

孝介さんとは顔馴染みのようだったが、私のことを憶えている様子は無い。

今日のお薦めはナスのようだ。

黒に近い、艶やかな紫。

そのスベスベした表面を見ていると、大きいけど入るんじゃないかと考えてしまう。

……駄目だ、病んでる。

本当は、何一つ入れる勇気も無いくせに。

そんなことよりも、目的の品は……。

あった。

白くて長い。

産地も書かれていて……あ、孝介さんの生まれた県と同じだ!

産地によって、味も微妙に違うのだろうか。

孝介さんは気付くだろうか。

気付いてくれたら、ちょっと嬉しいな。

でも、やっぱり葉っぱは付いていない。

売り場を見渡しても、葉っぱだけを別に売っている様子も無い。

「大根がいるの?」

おばさんが声を掛けてくる。

少し、ドキドキする。

こんな風に、店の人とやり取りしながら買い物するのは初めてだ。

「えっと……大根と……」

本当は、大根以外は何も考えてなかったのだけど、私は適当に他の野菜の名前を挙げる。

おばさんが、それらを袋に入れて私に手渡す。

「はい、ありがとう!」

温かい笑顔も一緒だ。

スマイル0円なんて言うけれど、私も素直に笑うことが出来たらな。

いつもニコニコのみゃーが羨ましい。

……と言うか、予定外の物を買っちゃったので重い。

それに、孝介さんの部屋の冷蔵庫は小さいし、全部入るだろうか?

いや、それよりも、そもそも目的の物をまだ買っていない。

「えっと、あの!」

「どうしたの? まだ何か欲しいものある?」

優しい口調、柔らかい声。

ぶっきらぼうで冷たい声の私とは正反対だ。

だから余計に、人の温かさには物怖じしてしまう。

みゃーと孝介さん以外は。

「えっと」

そうだ、孝介さんに買うんだ、物怖じなんかしてられない。

「だ、大根の葉っぱって、ありますかっ?」

言えた。

「ちょっと待っててね」

おばさんは店の奥へと入っていく。

普段、売り場に無いものを所望するということは、何か怪しまれることなのでは?

そんな馬鹿げた不安が頭をもたげてきたところで、おばさんが立派な大根の葉っぱを持ってきてくれた。

「袋からはみ出しちゃうけど」

「ぜ、全然いいですっ。お幾らですかっ?」

「こんなのタダよ、タダ」

「いいんですか?」

「いいも何も、欲しい人にはいつもあげてるし、残ったら捨てるものだし」

「あ、ありがとうございます」

「また欲しかったらいつでも言ってね」

「はい!」

やった。

私は大根葉を手に入れた! レベルが上がった!

さて、レシピはまだ考えてないけど、孝介さんは喜ぶかな。

喜ぶといいな。

腕は重いけど、何だか足は軽いな。

あれ? 口許も緩んでる?

そっか、嬉しいもんね。

今度あのおばさんから買い物する時は、ちゃんと笑えるかな。

嬉しいって、伝えたい。

誰かが育てて、誰かが売って、私がそれを調理して、孝介さんがそれを食べる。

人から人へ渡る度に、笑顔が生まれるんだ。

私も、笑顔を繋げるようになりたい。

あなたは笑ってくれるかな。

美味しいって、笑ってくれたらいいな。



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