第60話 押しかけ看護 2

タマちゃんがドアを開けると、みゃーは勢いよく、それでいて音を立てずにベッド脇に駆け込んでくる。

「意外と、元気そう?」

割と深刻な顔をしていたみゃーが、ちょっと安心したように肩の力を抜く。

まあ、タマちゃんという薬が一時的に効いているだけのような気もするが。

「でも鍵が開いてて良かった。管理している不動産会社を探し出して、お兄ちゃんが中に! って一芝居打つところだったよ」

「双子かよ! 普通にノックしろよ!」

「でも、起こしたら悪いし」

「不動産会社に連絡して強制的に開ける方が身体に悪いからな!?」

「結構、元気そう?」

俺は苦笑する。

コイツらにかかったら、風邪も逃げて行くんじゃないだろうか。

「まだスーパーもドラッグストアも開いてないから、コンビニで栄養ドリンクと、ゼリー飲料と、百パーセントみかんジュースと、野菜ジュースを買ってきましたー」

「私は家から直行しましたので手ぶらですみませ──手ブラすれば許してもらえますか?」

「来てくれただけで充分だよ」

いつもなら頭でも叩くところだが、さすがに身体を動かす元気は無い。

「そんな、嫁に来てくれたら充分だなんて」

「言ってねーよ!」

だが、強制的にツッコミはさせられる。

「私は家からエプロン持ってきたから、後で裸エプロンするね」

「目的は!?」

「お粥さんを作るため?」

「手段と目的を間違えるなよ?」

「らじゃ!」

元気は感染するのたろうか。

目覚めた時と比べれば、驚くほど元気になった気がする。

「みゃー、テーブルの体温計を取ってくれ」

「はぁい、あなた」

新妻モードになったようだ。

「お尻に挿しますか?」

タマちゃんは平常運転だ。

「はぁい、ちょっと腕を上げてくださいねー」

みゃーは看護師モードになった。

「痛くないからねー」

「注射じゃねーよ!」

俺の寝間着のボタンを外す。

「ぐへへ」

「おい、タマ、下品な声を出すな」

「じゅるり」

「みゃーも!」

コイツら、どこまで俺を元気にさせるつもりだ。

……三十九度三分。

あれ? いやまあ、判らなくも無いか。

ちょっとはしゃぎすぎたしな……。

二人がショボンとする。

「別にお前らのせいじゃねーよ。つーか、そろそろ学校行け」

「こーすけ君が眠ったら行くよ」

たぶん嘘だ。

エプロン持ってきたことからすると、最初から学校は休むつもりなのだろう。

叱ろうかとも思ったが、もう気力が無い。

どうせ、言ったって聞きやしないだろう。

そういうところは、二人とも我儘なんだよなぁ……。


……。

目が覚めたことで、眠っていたことに気付く。

時刻は午後四時。

かなり長い時間、眠ってしまったようだ。

部屋は静かで、でも安らいだ空気に満ちている。

ベッドの脇に座った二人は、ベッドに頭を乗せて眠っていた。

遊び疲れた子供みたいに無邪気な顔で、すやすやと寝息を立てている。

コイツらのためなら何でも出来る気がする。

昨日、仕事のトラブルでヤケ酒を飲んだことも、酷く小さなことに思えてくる。

今ある困難を乗り越えることも、あるいは、全く新しいことを始めることも、それは俺を萎縮させはしない。

頭を撫でる。

みゃーは、満足げな顔になる。

次にタマちゃんを撫でると、穏やかな顔になった。

「あ、ごめん、寝てた」

みゃーが起きる。

俺の顔をじっと見ると、身を乗り出すように近付いてきて──

き、キス!? と思ったら、その小さな額を、俺の額に合わせた。

「まだ、ちょっと熱いね」

焦点の合わない近さで、吐息のように言葉を出す。

「キスしたら、治るかな?」

「治らないし感染るしやめろ」

「隠し事は、許さないから」

「え?」

「朝、部屋に入ったとき、アルコールの匂いがした」

少しだけ、顔の距離が離れる。

目の焦点が合って、みゃーの、ちょっと睨むような視線が明確になる。

「こーすけ君が、そんなに飲むことって、たぶん滅多に無いよね?」

「あ、ああ、まあ」

「仕事のことは私には判らないし手伝えないけど、嫌なことがあったら話してほしい」

コイツは、どこまで俺を甘やかす気だ。

「あと!」

「な、何だ」

「体調悪いのに隠したこと」

「……」

「今度したら、寝てる間に童貞さん奪うから」

何それ? 嬉し悲しい!

記念すべき童貞卒業が、寝ている間に終わってしまうなんて!

「それが嫌なら、ちゃんと話してね」

「あ、ああ。すまん」

「では、お粥さんを作ってきまっす!」

元気に、キッチンに向かう。

みゃーは隠すなと言った。

それは、一人になるなというのと同義だ。

一人で悩み、一人で抱え、一人で病にせることは許さないのだと。

それは、一人で生きてきた俺に対する、何よりも胸に沁みる言葉だった。

そんなの、まるで、家族みたいじゃないか。

ありがとうと呟く。

心の中でもう一度そう呟いて、俺は暫し、子供みたいにシーツにくるまった。

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