第59話 押しかけ看護 1

昨夜、珍しく仕事帰りに酒を飲み、べろんべろんに酔っ払ってしまった。

そのせいか、今朝は酷く頭が痛む。

吐き気もして、立ち上がると身体がふらついた。

時計を見ると、まだあと二時間は寝ていられる。

だが、どうも二日酔いの気分の悪さと違うように思えて、俺は滅多に使うことの無い体温計を引っ張り出した。

三十八度八分……。

その数字を見て、俺はベッドに倒れ込む。

社長に休むとメッセージを送り、次はみゃーへのメッセージを考える。

秘密基地には行けない理由を作らねばならない。

熱を出したとそのまま言えば、アイツは学校を休んで見舞いに来かねないし、余計な心配はかけたくない。

何だろうなぁ、今まで誰かを好きになっても、こんな風には思えなかった。

今までの俺だったら、寧ろ見舞いに来てほしいと思っただろう。

『すまん仕事のつごつで早朝出勤したので今日はいけない』

これでいいか。

送信すると同時に目を閉じる。

アイツはまだ眠っているだろうか。

が、すぐさま電話が鳴った。

画面に「みゃー」と表示される。

電車に乗ってることにして出ないことも考えたが、いつもの定時メッセージにも返事出来ないだろうし、ここは電話で何か理由を言っておいた方が良さそうだ。

「こーすけ君」

俺が電話に出た瞬間に、聞こえてくる可愛らしい声。

電話を耳に当てたまま、その声を子守唄代わりにしたくなる。

「今日は一日、取引先の人と一緒だから、メッセージも返せないからな」

「……判ったけど……頑張ってね」

聞き分けがいい。

俺は過去に女性と付き合ったことは無いけれど、もう少し我儘というか、返事くらい出来るでしょ、とか言ってくるものだと思っていた。

「お前も。じゃあな」

電話も手短に済む。

直ぐに眠りに落ちていきそうになる。

独り暮らしが長くても、病気になったときの心細さには慣れない。

眠れるなら、その心細さは遠のくので有難い。

目が覚めた時に、回復していたらいいなぁ……。


ふと、何か気配を感じて目を覚ます。

「おわぁ!!」

元気は無いのに飛び起きてしまう。

独り暮らしの部屋、そのベッド脇に人が座っていたら、誰でも驚くだろうと思う。

「あなたのタマです」

いや、だから驚くなとでも言いたいのか?

「か、鍵は?」

「開いてました」

……そうか、酔っ払って帰ってきて、鍵を閉め忘れたらしい。

「でも、何で?」

「まずは横になってください」

「あ、ああ、すまない」

身体を横たえると、ベッド脇に座るタマちゃんの目線が近くなる。

ちょうどいい高さから見下ろされて、まるで見守られているような気分になる。

「朝早くにみゃーから連絡がありまして、様子を見に行けと」

「何でだ?」

何か落ち度があったろうか。

メッセージ? 電話?

「メッセージに誤字があり、句読点が無かったそうです」

「それだけ?」

「あと電話の声も、ちょっと変だと」

僅かな変化に気付いてくれるのが、嬉しくもあり怖くもあり……。

「鍵が開いていて助かりました。開いてなかったら管理している不動産会社を見つけ出して、兄が、兄が中に! とか言って大騒ぎになるところでした」

「開いてなくてもするなよ!?」

「兄が中に! ……膣内と書いて、なか、と読みます」

「知らんわ!」

「もうすぐみゃーも来るかと」

時計を見ると、まだ八時だ。

三時間近くは眠ったのか。

何となく、少しは楽になった気はするが、眠ったからというより、驚いたせいだろう。

いや、誰かが傍にいるという、それだけで得られる安心感に、気持ちが楽になったのかも知れない。

「眠ってください。悪戯はしませんので」

「いや、そう言われて安心は出来ないからな?」

タマちゃんは、小首を傾げて思案顔になる。

ややあって、ふわっ、と浮かべられた笑み。

ああ、とろけるように安らぐ。

「いかがでしたか?」

強烈で凶悪なまでに可憐な笑顔を見せられて、強制的に安心感がもたらされてしまう。

「好き好き大好き安心してね、という思いを込めて笑ってみました」

「……」

「……キモかったならすみません」

顔が赤くなる。

安心は出来ても眠れん。

「レクイエムでも歌いましょうか?」

「子守唄にしてくれ!」

「レクイエムには安息という意味が」

「死者への安息だからな!?」

「縁起でも無いこと言わないでください」

「お前だよ!」

何だか強制的に元気にさせられている気がしてきた。

みゃーが癒しなら、コイツはドーピングだ。


控えめにドアがノックされた。

みゃーが来たのだろう。

呼び鈴を鳴らさないのは、アイツの気遣いか。

「退魔師が到着したようです」

「誰だよ!」

「あなたの中に巣食う魔物は私の手に負えないので、彼女の萌えキュンヒーリングを」

「萌えキュンなら負けてねーだろうが!」

「え?」

「い、いや、その、開けてやれよ」

「そ、そうですね、では」

赤く染まった顔を隠すように、タマちゃんは玄関に向かった。



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