第57話 置き土産

土曜日は、溜め込んだ洗濯をすることが多い。

今日は朝からいい天気で、絶好の洗濯日和だ。

まだ暑い日も多いけれど、雲の表情に、秋の気配を感じることが増えた。

洗面にある洗濯かごを抱え、ベランダにある洗濯機に運ぶ。

「ん?」

それは最初、漠然とした引っ掛かりに過ぎなかった。

だが、鼻唄混じりに部屋を横切り、日の降り注ぐベランダを目指す俺の足を止めさせる程度の存在感はあった。

洗濯かごを覗き込む。

ピンク色の可愛らしい物体。

そもそも、俺が身に付けるものに、ピンク色のものは無い。

靴下、下着、シャツも上着も、手袋だってそんな色は持っていない。

それどころか、カーテンから家具や食器に至るまで、この部屋にはピンクなんてものは存在しないのだ。

ということは……。

「ったく、洗濯くらい自分でしろよ」

じゃねぇ!

アイツが洗濯させたくて、こんなものをここに入れた訳じゃないだろう。

摘まみ上げる。

見たところ汚れはどこにも無い。

嗅ぐ、嗅がない、嗅ぎます、嗅ぐとき、嗅げば……嗅げ!

いやいやいや、駄目だ!

きっとこれはアレだ。

手作り料理とは別に、出来合いもののオカズを持ってきてくれたんだな。


……どうも頭が混乱しているようだ。

落ち着け、たかが布切れだ。

しかし、もっと大人っぽいのを履いてるかと思ったが、意外と可愛らしいパンツだな。

俺はつい、しげしげと見入ってしまう。

冷静になったようでいて、鼓動は少し乱れていた。

考えてみれば、みゃーにエロの手解てほどきをしたのはタマちゃんだ。

いわばエロの師匠。

可愛いなぁ、なんて思って接してたら、いつの間にかアイツの術中にまっていそうな気がする。

それはともかく、目下の問題は、これを洗濯機に放り込むか否かだ。

こんな時、普通の人はどうするんだろう?

……くっ! 普通の人は、そもそもこんな状況にはならない!

俺はその場に座り込み、ベッドの上に広げたパンツと睨めっこする。

たかが布切れ、しかもそれは、主のもとを離れて十時間は経過した代物だ。

何ら俺に変化をもたらすものでは──

くそっ! 鎮まれ! 我が息子よ!

それにしても、いつの間に……。

あ、あの歯ブラシを置きに行った時か。

じゃああの時、あいつは洗面でパンツを脱いだのだろうか。

いや待て。

ということはアイツは、あの後、ノーパンで俺と過ごしていたのか!?

勿論、履いているパンツとは別に持ってきた可能性もある。

いや、しかし、あれだけエロに造詣ぞうけいの深い女だ。

みゃーが洗い立てのパンツを俺にプレゼントしたのとは違って、より破壊力のある脱ぎたてにこだわった可能性が高い。

く! もどかしい!

嗅げば判るのではないか?

いや、だからそうじゃなくて、要は洗うか洗わないかだ!


……俺は、電話をかけることにした。

連絡先を交換してまだ日が経っていないし、かけるのは初めてなので少し緊張する。

今日は土曜日だし、隣にお父さんがいたりするかも知れない。

「はい、あなたのタマです」

一度目の呼び出し音が鳴り終わる前にタマちゃんが出る。

どうやら周りに人はいないようだ。

「あ、ちょっと聞きたいことがあってさ」

「頭に被るか、匂いを嗅ぐか、履いてみせるか、擦り付けるかだと思いますが?」

くっ! 電話だと頭が叩けない。

「いや、そうじゃなくて、洗濯しておけばいいのか?」

動揺は悟らせないぞ。

「ちょっと何言ってるのか判らないです」

ええ!? お前の方が判らなくね!?

「いや、こんなイタズラされてもさ、俺は大人だし?」

「迷ったんです」

「は? 迷った?」

「綺麗な方がいいのか、汚れている方がいいのか」

「いや、お前は何を──」

「家を出る前に履き替えて、あなたの家で脱ぎました。だから、二時間に満たないですね」

自嘲を帯びた口調。

不甲斐ない自分を責めるみたいに。

そっか。

お前は、乙女の恥じらいとビッチの誘惑の、ちょうど間を取ったんだな。

「中途半端というそしりを受けても仕方ありませんが、それが私に出来る精一杯だったんです」

「いや、その気持ちだけでも嬉しいよ」

「そう言ってもらえると、私も助かります。お気に入りのなので、大切にしてください」

「ああ、判ったよ。ありがとう」

「いえ、それでは」

電話を切る。

……。

あれ? 俺って馬鹿じゃね!?

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