第54話 変わらないもの

今日から新学期が始まる。

また毎朝、秘密基地に行けば必ずみゃーと会える訳だ。

嬉しいけれど、不安要素が無いこともない。

家を出て一階に降りたところで、マンションの入り口に立つ女子高生の後ろ姿が目に入った。

「えっと、おはよう」

思わず躊躇ためらいがちに挨拶してしまう。

不安的中、というにはまだ早いだろうか。

「おはようございます」

いつも通り、ではなく、素敵な笑顔がセットになった挨拶を返される。

タマちゃんは、当然のように俺の隣に並んで歩き出した。

朝からこんな美少女と並んで歩けるなんて、幸せだなぁ……なんて思えない。

「タマちゃん」

タマちゃんのペースに飲まれる訳にはいかない。

「タマとお呼びください」

「え? あ、いや」

「猫を呼びつけるように、タマとお呼びください」

「た、タマ」

「はい、なんですか?」

ニッコリ。

こ、これがベールを脱いだ、真正タマちゃん……。

「い、いや、登校路を二人でって、マズくないか?」

「あら、何かやましいことでも?」

「いや、疚しいことはしないけれど、誤解とか……」

「誤解を恐れていては何も出来ません。それに、何をされても疚しいとは思いませんけどね」

ヤバイ。

この子は俺を全力で籠絡ろうらくする気だ。

「た、タマ」

「何ですか?」

「スカート、短くないか?」

タマちゃんはいつもスカート長め、膝が隠れるくらいだったのに、太腿ふとももあらわになっている。

「大丈夫です。みゃーと同じで、学校に着いたら丈を戻します。それとも、通行人に見られることもいてくださるんですか?」

正直、周りに自慢したくなるくらい綺麗で、誰にも見せたくないくらい綺麗だ。

いや、綺麗なだけなら他人に見せたくなるのだけど、エロい。

絶妙な太さの太腿をしてらっしゃる。

「孝介さん」

「な、何だ?」

「見ヌキに使われますか?」

「使わねーよ!」

さすがタマちゃんだ。

見ヌキという言葉を知っている女子高生が、世の中にどれほどいるだろう?

しかもビッチでは無いのだ。

「素股でもいいですけど」

うわー、気持ち良さそうだなぁ、じゃねー!

「ごめん、ちょっと黙って」

「歩きにくそうです」

「だから黙って!?」

「嬉しいことこの上ないです」

みゃー張りのニッコニコ……。

アカン、コイツは小悪魔なんかじゃない、悪魔だ。

あるいは……サキュバス?


もうすぐ校門が見えてくる頃だ。

時間が早いので生徒の姿は少ないが、それでも注目を浴びてしまいそうなので距離を取る。

「本当は、自分を出すことで引かれたり嫌われたりする不安があります」

「え?」

「距離を取られると不安になるんです。でも、心配してくれてるからですよね?」

「あ、ああ」

「じゃあ孝介さんに従います。ここからは一人で歩きます」

くそ、狡いぞ。

強引なのに従順って、最強オプションじゃねーか。

「お仕事、頑張ってくださいね」

「あ、ありがとう。タマも」

くそ、誰だ、コイツをこんなにパワーアップさせたのは。


秘密基地では、みゃーが気怠げにトラとサバっちの相手をしていた。

「あー、こーすけ君おはよー」

元気が無い。

「どうした?」

ぶー、っと拗ねたように頬を膨らます。

「え、俺、何かした?」

「タマちゃんがあんなにパワーアップするなんて聞いてないよー……」

公園で話した後、宣戦布告に向かったタマちゃんの勢いに圧倒されたのだろうか。

「しかも、こーすけ君からタマちゃんの匂いするし……」

「いや、これは、マンションの前で待ってたから一緒に登校しただけで、別に密着とかはしてない!」

女の嗅覚は恐ろしい……。

「はあ……」

盛大に溜息を吐く。

「こうなったら、私が先にハメないと──あイタっ!」

頭を叩く。

「タマちゃんみたいなこと言うな」

「え? タマちゃん、先にハメます宣言もしたの!?」

「してねーよ! じゃなくて、お前は今まで通りでいいって」

「でも~!」

地団駄を踏む。

やっぱりコイツは可愛いな。

「不安なのは俺だよ」

「え? どして?」

「お前らが魅力的すぎて、その、いつか捨てられるんじゃないかって……」

きょとんとしてから、何か思いついたように表情が明るくなる。

「子供を作ればいいんじゃないかな?」

「はあ!?」

「子供を作って、私達を逃がさないように縛り付けるの」

「俺は鬼畜か!」

コイツの発想は、いつも斜め上で極端だ。

「あ、でも、どっちが先に出来るか競争になるなぁ」

「おいおい、話が飛躍し過ぎだ」

「男の子か女の子かでも、妻の立場が……」

「聞けよ!」

「ねえこーすけ君」

「何だよ」

さっきまでの不安なんか無かったように、目をキラキラさせる。

「こーすけ君は、何人欲しい?」

コイツはきっと、ずっと変わらない。

「理想は、さんぴー同時懐妊だー!」

「いや、養育費が!」

ずっと元気で、みゃーはみゃーのままだ。

ほら──

「頑張ってね、こーすけ君!」

元気いっぱいに、いつもみたいに笑って、やっぱり俺のことも笑顔にするんだ。








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