第53話 覚醒

「好きです」

「え?」

あまりに素直に、あまりに単純な言葉を向けられて、俺は言葉を失う。

「そう言いたかったんだと思います」

「タマちゃん……」

「不思議ですね。どうしても言えなかった言葉が、こんなに簡単に言えました」

簡単、だったのだろうか。

手をぎゅっと、固く固く握り締めている。

「嘘を吐いたという認識じゃ無かったんです。ずっと溜め込んできた思いを……みゃーの思いにカムフラージュして、伝えたくなったんです」

声が、少し乱れて足元に落ちる。

俺なんかを好きだと言った。

そしてそれを、他人を装ってでも伝えたかったのだと言った。

「一年半、見てきました。一言も話せなくて……お礼すら言えなくて……やっと出来たのが、あれだったんです」

どうか、顔を上げてほしいと思う。

一年半、君が俺にそう願ってくれたのに、君がうつむいているのはおかしいじゃないかと思う。

「本当は、ここまで親しくなるなんて思ってませんでした」

俺も思ってなかったよ。

でも今は、かけがえのないものになっている。

「どんどん親しくなって、嘘がバレる前に距離を取ろうと思ったり、もっと近付きたいと思ったり。楽しくて、嬉しくて、苦しかったです」

「誰も傷付かない嘘に、苦しむ必要は無い」

「でも、狡いじゃないですか。第三者みたいな立ち位置で、孝介さんに酷いこと言ったり、そのくせ、近付きたくて甘えたり」

自分の思いを、他人のこととして託したことを、誰が狡いなんて言えるだろう。

そんなに悲しい嘘を、誰が責められるだろう。

「俺は、タマちゃんの毒舌は好きだったよ」

「慰めてくれなくても大丈夫です。バレてすっきりしました。好きって言えました。あとはけじめをつけます」

「けじめ?」

「もう、みゃーにも顔向け出来ません。孝介さんとも会えません」

「は? 何でそうなる!」

お前は、俺が、みゃーが、どれだけお前を好きか判ってないのか!?

「だって、みゃーを利用して孝介さんに近付いたようなものじゃないですか。それに……みゃーに嫉妬もしました。勝手に傘を持って迎えに行ったりもしました。幸せでしたけど、いつもどこかで、胸が痛かったんです」

「そんな痛み感じる必要はねー!」

悲しくて、腹が立った。

「孝介さん?」

「嫉妬なんて生きてりゃ誰でも感じるに決まってる! 俺なんてみゃーとタマちゃんが仲良すぎて嫉妬することすらあるっつーの! それこそお前らが学校行って、他の男子に見られてると思うだけで嫉妬する! 勝手に傘? そんなの優しさだろーが! それを打算とか感じるんだったら世の中生きていけねーだろ!」

「……ほ、他の男子が、私とでもですか?」

「当たり前だ! 俺はみゃーが好きだがタマちゃんも好きなんだよ! 俺の欲張りナメんな!」

「でも、だったら尚更、みゃーに悪いです……」

まだだ、まだ足りない。

「そもそもお前は、みゃーがどんな気持ちでいるのか判ってない!」

アイツの気持ちは、常識外れなんだ。

「……みゃーには、不安にさせてると──」

「違う! アイツの理想はなぁ、仲良しのお前でもビックリするものだ。いいかよく聞け! アイツの理想は──」

アイツの、究極の──

「さんぴーだ!!」

静かな公園に、俺の声が響き渡った。

「……さん、ぴー?」

さすがの下ネタ少女も、この状況で飛び出したさんぴーという言葉には、咄嗟に対処出来ないようだ。

「……ぷっ」

あ、笑った。

毒舌下ネタ美少女が笑った。

「あ、あの子らしい、あは、可笑しい」

「な、さんぴーにはタマちゃんも必要だろ?」

涙の跡が、笑い過ぎて流れたものに変わる。

それくらい、タマちゃんは笑った。


「でもそれって、孝介さんだけ美味しい思いしませんか?」

一頻り笑った後、タマちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべて睨む。

ドキッとする。

「え、あれ? いや、理想はみんながそうなることを望む訳だから、俺だけってことは……」

「へー、じゃあ、嫉妬も喜びも込みで、三人一緒に幸せを共有しよう、みたいな感じで?」

「そうそう」

また笑う。

今度は、穏やかで、でも力強さを感じるような笑み。

「いいんですか?」

「な、何が?」

何故か圧倒された。

「これまで私、ずっとセーブしてきたんですよ?」

「な、何を?」

「えろとらぶ」

「え?」

「いいんですか?」

追い詰めるように、身体を寄せてくる。

て言うか近い!

「みゃーは、どっちの頬でした?」

「な、何が?」

直ぐ間近で、息がかかるくらいの距離で訊いてくる。

タマちゃんの指が、俺の頬をなぞる。

「ひ、左」

「では、私は右をいただきます」

「あ」

右の頬に、タマちゃんの唇が触れた。

いや、そんな生易しいものじゃなくて、ぶちゅう、ってな感じで押し付けられた。

「では、今からみゃーに宣戦布告してきます」

「え!? ちょっと、おい!」

「大丈夫ですよ。正妻の座を狙うだけで、さんぴーは変わりません」

「……」

タマちゃんが、覚醒した。

俺は、恐ろしい女を目覚めさせてしまったのかも知れない……。

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