第52話 経緯
改札を出たところにタマちゃんが立っていた。
その姿が目に入った瞬間に、みゃーの意図を察した。
タマちゃんもそれは同じだったようで、俺の姿に気付くと、あからさまに溜め息を吐いてみせた。
「以前の、あの公園でいい?」
「みゃーが来ないなら帰ります」
俺は逃げられないように、タマちゃんの手を握った。
「なっ!?」
一気に顔が赤くなる。
いや、頬を朱に染める、というのが相応しいだろうか。
白い肌が色付いて、俯いたのに華やかになる。
「大声を出しますよ」
迫力の無い、呟くような声だ。
「どうして嘘を吐いたのか、聞かせてほしい」
タマちゃんは、ハッと顔を上げ、それから力無く笑った。
「……とうとうバレちゃいましたか」
もう逆らう気は無いようで、公園に向かって歩き出す。
さすがに人目は多いので、手は離した。
商店街を抜け、あの時の公園に辿り着く。
あの時と同じベンチに座り、途中で買った缶コーヒーを開けるが、タマちゃんに買った緑茶は、その手に握られたままだ。
「最初におかしいと思ったのは、田舎に帰ったときのことだ」
今日、仕事中にずっと考えていた。
出会った頃から順を追って思い出していたら、タマちゃんが嘘を吐いていたことが判る言葉が出てきた。
「川で遊んでいたとき、みゃーに出会えたことも、旅行に連れてきてくれたことも感謝しています、と言った」
「……ええ」
「あの時点では、何か引っ掛かりを覚えただけで、それが何故なのか判らなかった。でも、よくよく考えると、タマちゃんがみゃーとの出会いを俺に感謝するのはおかしい」
「そうですね」
「受験の時、緊張していたのがタマちゃんなら辻褄は合う」
勿論、俺のお蔭でみゃーが受験に成功したとしても感謝は成り立つのだが、それはちょっと歪な気がしたし、みゃーにも失礼に思える。
「だから、あの時、私は嘘吐きだって言ったんです」
「どうしてあんなことを言ったんだ?」
「ちゃんとあの時のこと、私のこととしてお礼を言ってませんでしたので」
受験の時のお礼……つまりそれは、みゃーとの出会いへのお礼でもある。
しかも、私のこととして、と言った。
「だったらそもそも、以前にここで話した時、何故あんな嘘を?」
「私、根暗で友達いなかったんですよ。まあ今も多い訳じゃないですけど」
「でもみゃーがいる」
「ええ。みゃーと出会えて、私の学校生活は、それまでとは比べられないくらい楽しくなりました」
タマちゃんは遠くを見た。
みゃーと出会った頃を思い出すみたいに。
「入学してから何度も、孝介さんの後ろを歩いて学校に行ったり、前を歩いて、あの時の後ろ姿に気付いてもらおうとしました」
「……」
「高校に入ってからはコンタクトにしましたが、登校の時だけは、あの時みたいに眼鏡を掛けたりして」
どうしてそんなことを? なんて訊けるはずは無かった。
緊張を
「ある時、ああ、この人、
寂しげに笑う。
「二年生になって直ぐに、みゃーが痴漢から助けてくれた人がいると聞かされました。学校に来る途中、毎朝擦れ違うので一度見てほしいとも言われました」
タマちゃんは簡単に話したけれど、そこに至るまで一年が過ぎていることになる。
「あの人、とみゃーに言われた時の驚きと言ったら……いえ、驚きより、悲しかったかも知れません」
「どうして」
「だって私、一年以上も何も出来なかったんですよ? でもみゃーは、行動に移そうとしてる。敵うわけないって」
「でも、お前は色々とアドバイスしたんじゃないのか?」
「さっきも言ったように、私は根暗で、中学時代は学校に居るとき以外は家でエロサイトばかり見てました」
「……」
タマちゃんの豊富なエロ知識の秘密がそんなところに。
「みゃーに言ったアドバイスは、私がしてみたかったことなんです。いつも俯いてるあの人、エロい姿を見せたら元気になるかな、なんて夢想してました。キモいですよね」
全然、全く、これっぽっちもキモく無いんだが。
「ただ、当初みゃーと付き合うことに反対したのは、妬みじゃありません。それだけは信じてください」
「アイツのことを考えた上でだろ」
「ええ。やっぱり、常識的に考えて上手くいくとは思えませんでしたし、人気者のみゃーには、可能性がいっぱいありましたから」
それは、今でも思う。
俺はアイツの可能性を奪ってるんじゃないかって。
「アイツが風邪を引いたとき、タマちゃんが来てくれたよな」
「あの時は、あがり症の私が不思議なほど普通に話せました。私の緊張を取り払ってくれた人、って考えたら、平気で話せたんです。それでまた、やっぱり特別な人だ、なんて思っちゃいました」
「でもあの時、みゃーが俺と接触するまでの経緯みたいなものも話したよな? あれは……」
「まぜこぜですね。話せるまで長い時間を費やしたのは私のことですし。ああ、あの人と話してるんだって思うと、つい、自分のことを、そっと織り混ぜたくなったんです」
「それは、この公園で話した、みゃーが財布を落としたっていう嘘に繋がるのか?」
ずっと俯きがちに話していたタマちゃんが、顔を上げた。
あまりに真っ直ぐな視線に、俺は息を飲んだ。
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