第49話 質問

さっき少し眠ったせいか、全く眠くならない。

二人は俺のベッドで眠っていて、俺は床に座布団を敷いて横になっている。

ソファーは一人掛けだし、シングルベッドに三人で寝る訳にはいかない。

可愛らしい寝息は、みゃーのものかタマちゃんのものか。

「こーすけ君」

起きてたのか。

タマちゃんは壁側、みゃーは俺側に寝ているから、手を伸ばせば届くところにみゃーがいる。

「ベッド、占領しちゃってゴメンね」

「いいよ。俺はどこでも寝られるし」

「でも起きてる」

「さっき寝たからな」

みゃーの口調がいつもより大人びて聞こえるのは、暗く静かな部屋だからだろうか。

「カーテンの隙間から星が一つ見える」

「ここからは見えないな」

俺は手を伸ばして、音を立てないようにカーテンを開いた。

「星が三つになった」

「……見えん」

「私、目がいいから」

「みたいだな」

他愛の無いやり取りだが──

「こーすけ君は、タマちゃんのことどう思ってるの?」

「え?」

答えるのが難しい質問だ。

でも、その前に何か違和感を覚える。

ここまでの会話の中に何かあったろうか。

言葉? 空気? 気配?

みゃーの雰囲気か? それとも──

「タマちゃん、起きてるでしょ」

そう言えば、いつの間にか寝息が聞こえなくなっていた。

だが、タマちゃんからの返事は無い。

「気のせいだったかな」

俺も、気のせいだったのだろうか。

寝息が止んだから、妙に感じただけだろうか。

でも、比較的最近、似たような引っ掛かりを覚えたことがあったはず。

具体的に「何が」ではなく、会話の中で「あれ?」と思う程度で、その疑問がどこから来るのか明確にならないような、そんな感覚。

「こーすけ君?」

「あ、どうした?」

「もう寝られそう?」

「ん、そうだな」

「じゃあさっきの質問は、また、今度にしてあげる」

タマちゃんを、どう思うか、か。

「おやすみ」

「ああ、おやすみ」

答なんて、出せるのだろうか。

俺は結局、眠れないまま朝を迎えた。


「孝介さん」

「何だ」

「男の人は、エプロンと聞くと、どうして裸エプロンを期待するんでしょうね」

キッチンに立つみゃーの後ろ姿。

当たり前だが、体操着の上からエプロンを掛けているだけだ。

「何の話だ」

「あなたは今、血走った野獣のような目をしています」

「ただの寝不足だよ!」

さすがに裸エプロンは期待していない。

ただほんのちょっと、下着エプロンくらいは想像したかも知れない。

「昨夜のみゃーの質問は、真剣に考える必要はありませんよ」

「え?」

あの時、やっぱり起きてたのか?

「前にも言ったように、私は大人の男性をからかうのが楽しいだけですので」

基本、無表情でありながら、どこか生き生きとしてたとは思う。

だから俺も、からかわれることは嫌じゃなかった。

「他に、もっと楽しいことはあるのか?」

「そ、それは……こんなにからかい甲斐のある逸材は、なかなか他にはいないですが」

「まあ、タマちゃんが楽しめてるならそれでいいよ」

でもタマちゃんなら、もっと楽しいことに出逢えるチャンスはいくらでもあるように思う。

「みゃーがいるからですよ」

「みゃーはみゃーで、タマちゃんはタマちゃんだけどな。俺はどちらと話していても楽しいよ」

「そうじゃなくて、今の三人があるのは、みゃーの行動力の賜物です」

それは、確かにそうだ。

アイツの行動力が無ければ、俺達はこうやって会話することも無かった。

「こうやって、話すことも無かったんです」

俺が思ったことと同じ事を口にする。

「通学路で、擦れ違ったり、追い抜いたり追い抜かれたり、ただそれだけだったんですから」

「……そうだな」

「ただ見送るだけ」

「え?」

「何でもありません。少しみゃーを手伝ってきます」

「あ、ああ」

タマちゃんもキッチンに立つ。

二人並んで調理する様子は、仲睦まじくて微笑ましい。

タマちゃんはみゃーが大好きで、要はみゃーに心配かけるなと言いたかったのだろう。

その気持ちは判るけれど、何となくスッキリしない思いが残る。

今の関係は、やはりいびつなんだろうか……。


「お待たせしましたぁ!」

綺麗に形の整ったオムライスに、野菜たっぷりのコンソメスープ。

得意と言っていただけあって、見た目は洋食屋で出されるものと変わらない。

味も──

「美味い!」

「むふふ、愛情入りだからね」

「さっき愛液入れてました」

「ぶほっ!」

「ちょっと、タマちゃん!変な嘘言わないでよ!」

「卵もみゃーが産んだヤツです」

「もう、タマちゃん!」

笑ってしまう。

朝っぱらから、ほとんど寝てないっていうのに、外の眩しさに目をそむけることもなく、騒がしさに眉をひそめることもなく、心から朝の喜びを感じられる。

「隠し味に、タマちゃんの愛情も入ってるからね!」

「みゃー!」

コイツらは、本当にお互いが大好きなんだ。

でも、それは俺も同じなんだよ。

でも、それじゃあ駄目なのかな……。




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