第48話 お誕生会
「お腹大丈夫?」
「遅漏ですか」
トイレから戻ると、それぞれが、それぞれらしい言葉で俺を迎える。
ローソクは少し短くなってしまったが、俺が吹き消すのを待って、まだ
「二人とも、ありがとう」
このままだと、また最初からバースデーソングが始まりそうだったので、俺は慌ててローソクの火を吹き消した。
元気な拍手と、やや投げやりな拍手が響いて、みゃーが部屋の電気を点ける。
「これ、二人からね」
みゃーがそう言って、鞄の中から綺麗にラッピングされた箱を取り出した。
誕生日プレゼントを貰うなんて、大人になってから初めてのことだ。
友人に飯を奢ってもらったりとかならあったけど、まさか女子高生から貰う日が来るとは。
「開けていいのか?」
「どうぞ」
「パンツではありませぬ」
やはり二人らしい言葉を聞きながら、俺は包装を解き、箱の蓋を開けた。
ネクタイだった。
「ヒモパンにも使えます」
「使えるかっ!」
俺の好みの色合い、柄だ。
いや、ヒモパンじゃなくネクタイとして。
「二人の意見が一致して、これが絶対こーすけ君に似合うって」
「私の手首を縛った時に映える色を選びました」
二人の言ってることは、こうも違うのに、何で同じくらい嬉しいと感じるのだろう。
「ありがとう、大事に使うよ」
「それを私だと思って締めてね」
「痴情のもつれの際には、そのネクタイが凶器になります」
二人の言ってることは、こうも違うのに、何でどっちも怖いような気がするのだろう?
首周りを締め付けるネクタイがみゃーで、それを使って首を絞めるのがタマちゃん?
……俺、ヘタに女性と関係を持つと絞殺されるのだろうか。
珍しく、二人揃ってニッコリ笑う。
可愛いけど怖い……。
みゃーがワインを
ワイングラスなんて洒落たものは無かったので、ただのコップなのが少し残念だ。
「初めてお酒、注いじゃった」
それだけのことで、凄く嬉しそうだ。
コイツと一緒にいれば、ほんのささやかなことでも、沢山の初めてを喜べるのだろう。
「私の初めても奪いますか?」
タマちゃんも注ぎたそうにしている。
あまり酒は強くないが、コップのワインを飲み干して差し出す。
ワインボトルを傾け、コップに注ぐ所作は、なかなか様になっている。
「んっ、痛っ!」
「……何だそれは」
「初めてを奪われた痛みを表現しましたが」
「黙って注げ!」
「亭主関白ですね」
コイツと一緒にいれば、ほんのささやかなことでも、すべて下ネタに変えてしまいそうだ……。
「こーすけ君、あーん」
更にみゃーがケーキを差し出してくる。
「いや、さすがにそれは照れ臭い」
「もう」
拗ねたように、ぷくっと頬を膨らませる仕草が可愛い。
ついついお酒も進む。
「孝介さん、くぱぁ」
「……何だそれは」
やってることはみゃーと同じだが、独創的なセリフを使ってくる。
「くぱぁってお口を開けて下さい」
「それは、下の口の時に使う表現では?」
「え? 下の口でやるのですか?」
「やらねーよ!」
最初から俺の反応を見るのが目的だったのか、タマちゃんの方は満足げにくすっと笑う。
ついついお酒も進む。
気が付けば、いつの間にか一時間ほど眠っていたようだ。
その間に、どういう訳か二人は体操服に着替えていた。
自分の部屋に、体操着の女の子が二人。
それはひどくシュールで、背徳的な光景だった。
だが、これと似たような光景を、俺は既に見たことがある。
つい先日の、実家でのことだ。
つまり──
「明日は土曜日ですので、存分に体操服を汚してもらって構いませんよ?」
泊る、という一言で済む事柄を、ぶっ飛んだ表現でタマちゃんが伝えてくれる。
「みゃー!」
「ひゃい!」
「どういうことだ」
「お、お母さんに許可は貰ったので、あとはこーすけ君の許可が貰えたらいいなぁ、なんて……エヘ」
……クッソ可愛いくて叱れない。
「タマぁ!」
「え?」
「お前は?」
「みゃーのとこに泊ってくる、と言いました。あとタマって言いましたね」
「ここは俺の家だ」
「みゃーのいるところ、ですので問題無いかと。あとタマって言いましたね」
「詭弁をぬかすな」
「私の家は近いですから帰れと言うなら裸で帰ります。でも、みゃーは泊めてあげてください」
しおらしくお願いするようでいて、さらっと脅しを入れてきやがる。
でも、二人きりよりは三人の方がいいのは確かだ。
「お母さんはタマちゃんと一緒ならいいって許可してくれたから、タマちゃんもお願い!」
くそ、帰れとは言えない。
「明日の朝ごはん用に、エプロンも持参しちゃってまっす!」
何それ、見たいぞ。
「もう一押しですね。では、0.01ミリの帽子も──痛っ!」
本当に持ってきてやがる!
頭を叩いた上で、それをゴミ箱に捨てる。
「あ……。生でヤってやるぜ宣言ですか?」
「違うわっ!」
「コンビニのバイト上がりの時に、みゃーと二人で勇気を振り絞って買ったのですよ」
「いや、必要無いもの買うなよ」
「レジをしたオーナーと大学生の店員が、酷く悲しそうな顔をしたのですよ」
気持ちはスゲー判る。
ショックだったろうなぁ。
「あなたは!」
不意にタマちゃんが立ち上がる。
ひどく演技じみた身振りで俺を指さし、キリッとした表情で見据えてくる。
「私達の勇気と、彼等のその悲しみを! 今、ゴミ箱に捨てた」
「やかましいわ!」
……結局、泊めることになった。
勿論、間違いは絶対に犯さないけれど。
「タマちゃん、寝ちゃったね」
コイツの寝顔は本当に天使みたいだ。
毒など微塵も感じさせないあどけなさと、あの下ネタが発せられるとは信じがたい色素の薄い小さな唇。
「こらこら、女の子の寝顔をそんなに見ちゃダメ」
腕を
「下準備から実際のケーキ作りまで、ほとんどタマちゃんがやったから、寝不足なんだね」
「え? あれ手作りだったのか!?」
「そうだよ。タマちゃんはお菓子作りが得意。私は料理の方が得意。だから朝ごはんは任せて。あ、でも、ケーキの文字は私が書きましたー」
……。
コイツらに、俺は何をしてやれるだろう。
返せるものなどあるのだろうか。
みゃーの笑顔も、タマちゃんの寝顔も、俺には勿体無い。
でももし何か出来ることがあるなら──
「こーすけ君、私はシャワー借りるね!」
「ここで脱ぐなっ!」
賑やかに安らいで、夜は更けていく。
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