第47話 訪問者

行きも帰りもアイツらと会わない日は当然ある。

今日もそんな日ではあったのだけど、二日連続だったので、少し寂しいというか、物足りないような気分になる。


家に帰り着くと、タイミング良くみゃーからのメッセージが入る。

『お疲れ様』メッセージは、いつももっと遅い時間に来るので、訝しく思いながら画面を見る。

『ドアを開けろ、ガサ入れだ!』

……何だろうこれ。

単なる悪戯だろうか。

「ちょっとタマちゃん、変な文章送らないでよ」

……何やらドアの外から声が聞こえてくる。

「孝介さん、入れて下さい。いえ、挿れて下さい」

何やらドアの外から変な声が聞こえてくる。

どういうわけか、俺の頭の中には漢字がちゃんと浮かんできた。

一度目と二度目では、漢字が違うと確信出来た。

タマちゃんが微妙に発音と声色を変えているからかも知れない。

って、お隣さんに聞かれたらヤバい!

俺は慌てて玄関のドアを開けた。

ニッコニコのみゃーと、無表情のタマちゃんが立っていた。

みゃーとタマちゃんのことは、もはや日常の一つにはなっていたが、自分だけのテリトリーに二人の姿があると、それは非日常的に見える。

「えへ、来ちゃった」

「ふふ、挿れたくなったのですね」

第一声からして天使と悪魔であることだし、日常空間に紛れ込んだことに違和感を覚えるのは仕方が無い。

でも……何だろう、この、嬉しいのに悔しいみたいな感覚は。

「欲望に抗えなかった自分を責める必要はありません」

悪魔のくせに神父みたいなことを言いやがる。

「まあ、上がれよ」

という対応でいいのか?

高二女子を二人も家に招き入れるということは、それなりの覚悟が必要なのではないか?

って、今更だよなぁ。

「イカ臭いです」

「臭くねーよ!」

「こーすけ君の匂いがするー」

それは、否定出来ないというか恥ずかしい。

「で、その荷物は何だ」

まさか、俺の部屋にお邪魔するから手土産を、っていう殊勝な心掛け?

しかも旅行の時みたいに大きな鞄だし。

「タマちゃん、行くよ」

みゃーがタマちゃんに目配せする。

「せーの、お誕生日、おめでとう!」

「また童貞歴が伸びましたね」

「……」

「もう、タマちゃん、打ち合わせと違う!」

「え、でも、童貞歴が伸びたのにおめでとうって、酷くない?」

「……」

「それはそれ。こーすけ君、テーブル借りるね」

「……」

「こーすけ……君?」

テーブルの上に、ケーキや紅茶のペットボトルを並べていたみゃーが、ふと手を止めて俺を覗き込む。

「迷惑、だった?」

「いや、違う。ただ、自分でも誕生日のことなんか忘れてたから、ちょっと驚いたんだ」

祝われたのは、十八歳の時が最後だ。

二十歳になった時は、ビールを買ったりして自分で祝ってみたこともあったけれど、寧ろ侘しいだけだった。

だから、慣れない祝福を、どう受け止めていいのか判らず戸惑う。

くそ、素直に喜びを表せられない大人ってのはメンドクサイ。

でも、素直になれば、きっと俺は泣いてしまう。

「二十九年間、童貞である不甲斐なさを噛み締めるのはそれくらいにして、お皿でも出してください」

噛み締めてねーよ、なんて、ツッコめない。

きっとタマちゃんは、感極まりそうになる俺に、誤魔化せるようにわざと言ったのだから。

コイツらにはホント敵わないなぁ。

でも、せめて俺が湿っぽくしてしまうことだけは避けよう。

「皿はともかく、椅子が足りないな」

二人用のダイニングセットなので、椅子は二脚しかない。

別に二人暮らしをする予定なんかは無く、テーブルと椅子をセットで買えば、通常は二脚付いてくるだけのことだ。

「その辺のコンビニで買ってきて下さい」

「売ってねーよ!」

「こーすけ君、空気椅子?」

「みゃーも案外キツイこと言うね!?」

「じゃあ私の膝の上とか」

「魅力的な提案だけど食べにくい」

「注文の多い客ですね」

「ここ、俺の家!」

ずっと考えたことも無かった。

この部屋が、こんなに賑やかになるなんて。

たとえ俺が湿っぽくなってしまったとしても、コイツらは俺を元気にしてしまうだろう。

「それしか無いですね」

タマちゃんが目を向けたのは、背の低いリビングボードだ。

確かに、座れそうなものといえばそれしか無い。

移動させて座ってみる。

「……」

低い。

コイツらと目線の高さが変わらないというのは、新鮮であると同時に、何か負けた感がある。

「孝介さん、ちっさ」

何だか不必要に傷付きそうなセリフだ。

「こーすけ君、かわいー」

これはこれで、破壊力がある。

まあ、文句は言うまい。

目の前にはケーキだけでなく、生ハムだとかスナック菓子だとか、ワインまで並べられる。

って、酒!?

「おい、このワインどうしたんだ?」

「家から持ってきました」

「え、お父さんの? 怒られない?」

「母親が一日だけキッチンドリンカーになったと言えば大丈夫です」

「んなワケあるかっ!」

「まあまあ、細かいことはいいから、ローソクに火を灯すよ」

みゃーがライターで火を点けていく。

って、ライター!?

「おい、そのライターどうしたんだ?」

「ライターくらい未成年でもコンビニで買えます。さっきからあなたは過保護ですか」

小馬鹿にしたようにタマちゃんが言う。

確かにそうだけど……。

「じゃ、部屋の電気消すね」

ふっ、と部屋が暗くなって、ローソクの火が浮かび上がる。

自分の部屋じゃないみたいだ。

ケーキには、ご丁寧に『こーすけ君 お誕生日おめでとう!』と、チョコで書かれている。

みゃーが元気良く、タマちゃんが口ごもるようにバースデーソングを歌い出す。

恥ずかしい。

でも、何より、もうダメだ。

「ちょっとトイレ!」

「このタイミングで!?」

「早漏ですか」

非難の声に構わず、俺はトイレに駆け込んで鍵をかける。

用も足さず、ただ便座に座る。

その瞬間、俺の涙腺は崩壊してしまった。




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