第44話 勇気

「お帰りなさいませ、あ、な、た」

……もはやメイドコンビニですら無かった。

仕事で疲れた帰り道、果たしてこれは癒しなのか、それとも更に疲れさせるシチュエーションなのか。

「……しゃーせ」

なんと相方はタマちゃんだ。

しかも今のでいらっしゃいませと言ったつもりらしい。

声も小さいし、もはや日本語ですらない。

「あなた、ご飯にする? おぶりょ──」

ほっぺを引っ張る。

つーか風呂なんかねーだろ。

「お客様、店員へのお触りは厳禁です」

くそ、今日は二人を相手に戦わねばならんのか。

「あなた、先日お薦めした件だけど」

「何の件だよ」

「0.01ミリだと、あなたが持たない、って聞いたから、こっちの安い方ぶぇ──」

ほっぺを引っ張る。

柔らかくて触り心地がいい。

「もう、こーすけ君! さっきから女の子に恥ずかしい発音ばかりさせて!」

発音よりも薦めてる内容の方が恥ずかしいだろ。

「お客様、店員に淫語の強要はおやめくどぅふぁ──」

こっちの触り心地もなかなかのものだ。

「酷いはずかしめです」

「黙れクソ店員」

「言いますよ」

「あ? 店長にでも言い付けるのか?」

「俺も昔、レジ打ちのバイトしたことあってさぁ──」

ぐあっ、またあの口調で俺をさいなむ!

「ごめんなさい、スミマセンでした……」

おかしな店員が二人もいては、形勢が不利だ。


「それはそうと、こーすけ君って、お酒飲まないの?」

「ん? そうだな、飲めないことは無いけど、あんまり飲まないなぁ」

いであげたいのにー」

「いや、そういうのは、お前も酒が飲める歳になってからな」

「俺も昔、酒が飲めなくてさー」

「誰もそんなこと言ってねーよ! つーか、もはや俺の口真似するだけで辱しめになってない!?」

先日、逃げるように帰ったタマちゃんだが、その時の仕返しだろうか。

「あ、お客さん来た」

タマちゃんは小走りにレジへと向かう。

接客が苦手なのに人任せにせず、気付いたらちゃんと自分で行くようだ。

「でも、声は小さいな」

いらっしゃいませも、金額の読み上げも聞こえてこないし、終始、俯き加減だ。

「あれはあれで需要があるんだよ」

まあ、あの毒舌下ネタ美少女というのも希少だが、今の根暗美少女というのも一部には受けるかも知れない。

「タマちゃんファンのお客さんもいるから、ホントは私が休む間だけって話だったんだけど、オーナーがもう少し続けてくれって頼んだの」

「へー」

タマちゃんにファンがいるなら、滝原のファンはどれくらいいるのだろう?

連絡先を聞かれたり──

「おかしいだろーが!」

「!?」

客の怒鳴り声。

「聞こえねーよ! はっきり喋れ!」

俺は咄嗟にレジへ向かいかけたが、滝原が制止する。

「どうなさいましたか」

素早い。

躊躇ためらうこと無く、滝原は客の傍に立つ。

いつもの危なっかしいような頼りなさは微塵も感じられず、凛々しいとすら思える。

「確かにこちらの打ち間違いです。申し訳ございませんでした!」

どうやらダブってバーコードをスキャンしたらしい。

ただ、まだお金は受け取っておらず、誤りを注意すれば済む話ではある。

「俺が気付かなかったらこの金額で受け取ってたんだろ? 詐欺じゃねーか!」

「申し訳ございません。以後、このようなことがありませんよう徹底いたします!」

「それよりも、まずはコイツが謝るのが先だろ!」

俺もレジへ近寄る。

体格のいい、俺より少し若い感じの兄ちゃんだ。

「……でした」

「ああ? 聞こえねーつってんだろ! 謝る気あんのかコラ!」

バンッ! とカウンターを叩く。

ビクッと二人の身体が跳ねた。

気付けば、その客の隣に、俺は立っていた。

滝原が「ダメ!」と目で訴えてくる。

でも、タマちゃんのすがるような目が、俺の中二心を呼び覚ました。

べつに、排除すればいいだけだろ?

勿論、排除と言うのは叩きのめすという意味では無く、ただ店から出すということだが。

俺は客の肩をトントンと叩き、親指で店の外を指した。

表へ出ろ、と言ったわけだ。

「ああ!?」

「まあまあ、そう大きな声を出さずに、外でお話しませんか?」

「なんだてめぇ!」

まあ、判っちゃいたけど、話が通じるタイプとは思えない。

俺は息を吸い込んだ。

「いいから表出ろっつってんだよ!」

こんな大声を出すのは久し振りだ。

力ずくで引っ張り出すのは無理だろうから、相手を怒らせた上で、俺が先に立って歩けば付いてくるだろう。

あつらえ向きに、すぐ近くに人目に付かない路地もあることだし。

「こーすけ君!」

滝原が声を上げる。

心配は掛けたくないから、俺は余裕の笑みを返した。

滝原に付いてこられたら意味が無い。

「他のお客さん待ってるよ」

そう言って、店から出ようとしたとき──

「申し訳ありませんでした!」

タマちゃんの、強く大きな声が響いた。

「以後、気を付けます。許してください」

タマちゃん……。

こんなヤツに謝る必要は無い。

でも、充血しながらも気迫のこもった目は、その男をたじろがせた。

必死で、訴えかけるように、ひたむきに声を出していた。

……頑張ったな。

「もういいだろ、それくらいにしてやれよ」

「店員さん可哀想だろ」

気迫とひるみは、他のお客さんも動かした。

「ほら、店員さんもちゃんと謝ったし、それくらいでいいじゃないか」

このタイミングでうながせば、きっと丸く収まるだろう。

「ねーちゃん達はもういいけどさぁ、お前の態度は気に食わねーわ」

あれ?

「ほら、表に出るんだろ? お前も早く来いよ!」

……。

俺、ケンカはめっちゃ弱いんだけどなぁ。


取り敢えず路地裏で一発殴られて、それで気が済んでくれたようだった。

結局、役立たずかぁ……。

サバっちが、その男に「フーッ!」って威嚇いかくしてくれたのが、何かちょっと嬉しかった。


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