第43話 偏屈

今朝の秘密基地には、サバっちとクロがいた。

滝原は帰省中だし、タマちゃんもシフトじゃないから来ないだろう。

俺は缶コーヒーを飲みながら、昨日のことを思い出す。

結局、遅刻してまでタマちゃんの客一号になった訳で、自分でもそれはどうかと思うが、まさかタマちゃんが、あそこまでガッチガチに緊張するとも思っていなかった。


──表情が硬い。

コンビニの制服に着替えて出てきた姿の、第一印象がそれだった。

周りが見えていないのか、レジカウンター内でいきなりつまずく。

先輩の女性店員が笑うが、タマちゃんはニコリともしない。

恥ずかしくて緊張するのではなく、恥ずかしさを感じる余裕も無いほど緊張していた。

それでつい、過去の黒歴史のような行動を取ってしまった訳であるが……。

「俺も昔、レジ打ちのバイトしたことあってさぁ、初めての客が見るからに童貞って顔してんの。それで緊張が取れて、その後スムーズに仕事が出来たんだよね。だから君も大丈夫!」

──って、意味判らんわっ!

見るからに童貞な顔って俺のことかよっ!

うっせーよ!

自分で自分に腹立つわ!

つーか恥ずかしいわっ!

……タマちゃんの隣に立っていた、先輩店員の白い目が頭に焼き付いている。

そりゃそうだ、頭のおかしなナンパ野郎にしか見えなかっただろう。

タマちゃんもきっと、あの後他人のフリをしたに違いない。

頼ってくれたけど、却って迷惑かけちゃったかなぁ……。

「はあ……」

……サバっち、そんな目で見ないでくれ。

クロの、コイツ頭オカシイ、という目よりも、サバっちの憐れみの目の方が俺にはこたえる。


「あ、見るからに童貞の人、おはようございます」

「……」

「武勇伝の人?」

「黒歴史だろ」

「卑下しないでください。何年かすれば笑われることも無くなりますよ」

「今は笑い話!? 忘れてもらえるまで数年!?」

「いえ、忘れはしませんけど、いつまでも同じネタでは笑えませんので」

「はあ……」

昨日の緊張していたタマちゃんは、可愛かったのになあ……。

「まあそんなに落ち込むことも無いですよ」

「どの口が言う」

「私の口では不服ですか?」

何となく不満げに、その唇を指でなぞる。

「私のお口では不満ですか?」

何となく満足げに、言葉を言い換える。

これならどうだ、と言わんばかりだが、エロく言えばいいというものでもない。

「私の口腔、オーラル、ディープスロートでは満足いただけ──痛っ!」

「そうじゃなくて!」

途中で頭を叩いておかないと、どんどんエスカレートする。

「……もう少し自分でも上手く出来ないものかと思ったんだよ」

「昨日のことは、きっしょ、何コイツきっしょ、と私なら思うところでしたが、いえ、私だけでなく、あの先輩もそう言ってましたが」

言ってたんだ……。

「少なくともレジ打ちの少女は感謝してるみたいですけどね」

「タマちゃん……」

「あ、あくまで緊張していたレジ打ちの少女が、です」

「それを、わざわざ言いに?」

もしかして、慰めに来てくれたのだうか?

「ついでです」

「何の?」

「コンビニに買い物に来たついでです」

口調は素っ気ない。

「タマちゃんの家からなら、ここより近いコンビニあるよね?」

「じ、自分の働いているところで買うのが礼儀です」

そういう律儀なところがタマちゃんにはあるけど、それだけでは無いと思いたい。

「……人見知りとかで接客が苦手なのは判るけど、笑顔は素敵だし、声も綺麗だし、緊張する必要なんて無いのになぁ」

「な、なに言ってるですかっ!」

声がちょっと裏返る。

「何より苦手なのに引き受けるのがタマちゃんらしいとは思うけど」

「私の、何を、知らないですよね!?」

なんかタマちゃんが片言になりつつあるような。

「笑顔も声も、その優しさも、ぜーんぶ接客の武器になるから何も心配いらないのに」

「い、今さら上手く言ってもダメです! 手遅れです!」

「……」

「感謝しないです!」

「いや、別に上手く言うとか、感謝とかじゃなくて」

「童貞は顔だけにしてください!」

……走って逃げた。

顔だけ童貞って何だろう?

でもまあ、少しは感謝してくれてるのかな。

そう思うことにして、今日も一日、頑張ろう。




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