第42話 勘違い

「久し振り」

そう声を掛けるが、俺の言葉など聞こえないかのように目を閉じている。

腕に抱くと嫌そうな顔をして、少し身をよじった。

撫でると僅かばかり機嫌が良くなったようだが、相変わらずこっちを見てくれない。

「孝介さん」

冷ややかな声だ。

「嫌がってるの、判りませんか?」

「嫌ってほどじゃないだろ。ほら、少しは気持ち良さそうな反応してるし」

「男の人って、すぐそういう独りがりな判断しがちですよね」

男を知らないお前の意見は、独り善がりじゃないのか?

そんなことを思うが、タマちゃんと言い争うつもりは無い。

「ほら、ここはどうだ?」

俺は撫でる場所を変えた。

「一緒ですよ」

そうだろうか?

しなやかな身体を少しくねらせ、俺の顔を見上げる。

正直、何を考えてるかなんて判らない。

そういう生き物なのだと思う。

気まぐれで、無愛想。

かと思えば、時には擦り寄ってきたりする。

「滝原にはあからさまな好意を見せるくせに、俺にも少しは甘えてみせろよ」

「……キモいですね」

タマちゃんは容赦ない。

だが、俺も腕に抱き続けるのはさすがに暑くなってきた。

そんな気持ちを読み取ったのか、俺の腕から跳ねるように逃れて、サバっちが距離を取った。

「ほら、やっぱり嫌がってましたよね」

「みゃー」

タマちゃんの意見を肯定するように、サバっちが鳴いた。

うーん、やっぱり滝原のようにはいかないなぁ……。


「ところで、今朝はどうしてタマちゃんが?」

殺風景な秘密基地を彩る、毒舌下ネタ美少女。

「みゃーが田舎に帰るので、代わりにコンビニのバイトを」

「た、タマちゃんが……接客業!?」

「何ですか」

「いや、あまり好きでは無いんじゃ」

「そうですね。一応面接みたいなものがあって、私は無愛想ですと言ったのに、全然構わないと言われたので」

あの店のオーナー、顔で選んだな。

「で、今日が初?」

「ええ。全然緊張してませんけどね」

……めっちゃ緊張してるんじゃ?

「バイト自体、初めてなのか?」

「男の人って、どうしてすぐ初めてとか聞くんですか?」

あれぇ? そういう話の流れだっけ?

「えっと、まあ力抜いて」

なんかこれも初めての時のセリフみたいだな。

「力抜いてと言われて抜けるくらいなら苦労しません」

ごもっとも。

「孝介さんだって、今すぐヌいてと言われてもヌけないでしょう?」

何の話だ?

「孝介さんなら、どうしますか?」

「んー、深呼吸とか、ちょっと身体を動かすとか……」

「そうじゃなくて、初めてで緊張している女の子を、どうやってリラックスさせますか?」

これは、いわゆる初体験的な状況を想定すればいいのだろうか?

いやいや、単純に初バイトである今の状況を考えて答えるのが普通だろう。

「て、手を握って頑張れ、とか?」

「は? バカですか? これから男性を受け入れるという状況なんですから、既に手くらい握ってるでしょう?」

そっちかよ!?

「いや、俺も経験無いし、俺の方が緊張するんじゃないかな。失敗したらどうしようとか、下手くそかもとか、早いとか……」

「小さいとか臭いとか汚いとか生まれてきてごめんなさいとか?」

「そこまでじゃねーよ!」

「くすっ」

あ、笑った。

「少し、緊張がほぐれたようです」

「そうか、良かった」

気取らず正直に話して正解だった。

「こんな情けない男の脱童貞の犠牲になる女性を思えば、これから私が迎える試練は超イージーモードであると気付きました」

「そうそう。最初はみんな同じだし、みんな経験することなんだから、深刻に考えることなんて無いんだよ」

辛辣な意見は聞き流すことにする。

「みんな経験することをまだ経験してない孝介さん」

「いや、今は初めての仕事の話だよね!?」

「私も、経験するんですよね?」

今度は男性経験の話か?

「そりゃあまあ、相手がいて、お互いが必要とするなら……」

「必要とされなきゃ駄目ですかね?」

「当たり前だ」

「例えば、お願いして初めての相手になってもらうとか」

お願いして? 男の場合なら、それもアリかも知れないが、女の子の初めては……。

「それって、一方通行な思いってことか?」

「そうなりますかね」

「タマちゃん、誰か好きな人が──」

「お願いします。私の初めてになってください」

ええっ!? 

「いや、ちょっと待って! いくらなんでもそれは出来ない! あ、でも、嫌とかじゃなくて──」

「会社を遅刻しちゃうのは判ってます。でも、私……」

「ち、遅刻って、今から!? いや、時間の問題じゃなくて、そういうことはよく考えて」

「やっぱり緊張してるんです。最初のお客さんは孝介さんがいいです!」

「へ?」

「お客さんに必要とされる店員にならなきゃいけないのは判ってます。孝介さんが、今、買い物する必要が無いのも判ってます。でも!」

「……えっと、初めてのレジの話?」

「そうです。お願いします!」

……。

紛らわしいわっ!


















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