第39話 花火

二日目の夜も、おっちゃんの家で晩御飯をご馳走になる。

キャンプ的なことは一切せず、お世話になりっぱなしだ。

滝原もタマちゃんも調理を手伝おうとするのだが、おばちゃんは笑顔で断る。

実際、母子家庭の滝原はともかく、タマちゃんが役に立つかは疑問である。


「孝ちゃん」

「ん?」

酒の入ったおっちゃんの声は大きい。

「それで結局、どっちと結婚するんだ?」

「ぶほっ!」

俺はご飯を噴き出し、滝原は箸を落とし、タマちゃんは茶碗を倒した。

あれ? 軽い冗談だよな?

滝原が正妻で、タマちゃんが妾って、そういうノリの話じゃなくて?

何で二人までそんなに動揺してんの?

「いや、おっちゃん、そんな先の話は」

「何言ってんだ。十六歳だったら結婚出来るじゃねーか」

確かに、そんな矛盾した法律があったよなぁ。

まあそれも改正されるみたいだけど、今なら出来るのは間違いない。

「あたしがここに嫁いできたのも十六だったねぇ」

ばっちゃん! 今その話はいいから!

いや、そもそも二人は何故黙ってるんだ。

特にタマちゃん、お前は俺を否定して楽しむ性癖持ちじゃないのか?

「孝ちゃんは、まだそんなこと考えてないわよねぇ」

「え、ええ、まあ」

おばちゃんが助け船を出してくれる。

「でもね」

あれ?

「私達、孝ちゃんが生まれた時から知ってるでしょ」

……。

「私達夫婦は子宝に恵まれなかったから、そりゃあもう孝ちゃんのことを我が子のように思っててね」

これ、たぶん追い詰めてくるやつだ。

「だからそろそろ、孫の顔が見たいなぁ、なんて」

ほら。

でも、本当に、随分と可愛がってもらった。

帰る家が二つあるみたいに。

だからこそ、おばちゃんの言葉に追い詰められる訳だが。

「私、こーすけ君の子供、みたいな」

「おい!」

やっぱりお前も追い詰める側に付くのか?

「今のみゃーのセリフに一文字、うを付け加えたのが本心かと」

は? 何言ってんだコイツ。

「はら、を付け加えてもいいですね」

う? はら?

「生めよはらめよ、ってな!」

そういうことか!

おっちゃん、酔っぱらってる割によく頭が回るな!

しかし、どいつもこいつも……。

「ワシも、曾孫の顔が見たいなぁ」

じっちゃんもか!

結局、四面楚歌な状況のまま、晩御飯を終えた。

でも、こんな暖かな雰囲気で満たされた食事に、俺は感謝した。


田舎の夏の夜は、たぶん都会の人が思うよりも賑やかだ。

ジー、シャカシャカシャカ、ギィギィ、スイッチョン。

他にも色々あるが、とにかくガチャガチャと騒々しい虫が多い。

そんな中、蝋燭ろうそくを灯し、花火に火を着ける。

今度は、シュー、パチパチ、ゴーッ、などといった音が庭に満ちる。

ひととき、驚いた虫達が静かになったけれど、すぐに花火の音に負けじと鳴き出した。

「わー!」

「きれー!」

うちのお姫様達も、音の競演に参加する。

花火なんて、中学生の時が最後じゃないだろうか。

「こーすけ君」

線香花火を持った滝原が、俺に寄り添ってくる。

俺の持つ線香花火にも、滝原の持つそれが寄り添う。

穂先で震える火球はまるで恥じらうようで、それでも徐々に近付いて……やがて一つになった。

「もう、恥ずかしくて見ていられません」

タマちゃんがからかうように言う。

珍しく滝原が、照れたように笑って、目を伏せた。

一つに混ざり合った火球は、ゆっくりと色褪せ、弱々しく橙色の線を零しながら小さくなって、ぽとりと落ちた。

「こーすけ君」

こつんと、俺の肩に額を乗せる。

「頭、撫でてほしい」

何となく、くっついたものが落ちてしまったことで、甘えたい気持ちになったのかも知れない。

タマちゃんは、少し離れたところで蛇玉に火を着けていた。

いや、お前、気を遣って離れてくれたのは判るし、音も光も控えめなものをチョイスしたんだろうけど、絵面がシュール過ぎるわ。

俺は滝原の髪を優しく撫でる。

離れたところで、蛇玉がモリモリと黒い体積を増していく。

「こーすけ君」

囁くような甘い声。

風呂上がりの髪の匂い。

俺の肩に顔を埋めている滝原からは、その蛇玉の姿は目に入っていない。

だが、今まさしく最後の雄叫びを上げるように蛇玉は勢いを増し、モリモリというか、ブリブリと表現するのが似つかわしいような姿を形作っていた。

「ウ──排泄物のようです」

遠慮していたのに、言わずにはいられなかったのだろう、タマちゃんは呟くようにそう言った。

これもまた、ひと夏の思い出か。

後でタマちゃんにはお仕置きしようと思う。


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