第40話 流れ星

花火の後、ふと空を見上げると、満天に星が輝いていた。

「ああ」

思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

都会に住んでいると、空を見上げることすら忘れてしまうけれど、昼も夜も、田舎の空は雄弁に語り掛けてくる。

「わあ」

滝原もタマちゃんも、固まってしまったかのように空を見つめる。

今夜が、月夜でなくて良かった。

月が出ていると、見える星の数は極端に少なくなる。

それほど月は明るいのだが、そんなことも都会に住んでいると判らなくなる。

月が出ていることさえ気付かない明るさと、ビルが遮る狭い空。

「あそこから、こう走っている帯が天の川だ」

俺は天の川をなぞるように、空に向けた指を走らせる。

「あの星は?」

「知らん」

「あっちの赤っぽい星は?」

「……知らん」

俺の知識は天の川だけだった。

「役立たずですね」

タマちゃんがそのセリフを口にすると、男の尊厳を否定された気分になる。

違うんだ、今日はたまたま疲れてて、なんて言い訳が頭に思い浮かぶが、当然、役立たずの意味が違うから口にはしない。


「こーすけ君は、こんな星空を見て育ったんだね」

「ああ」

「だったら、きっと心は綺麗なんだろーな」

そんな訳あるか。

「青空も、水も、緑も綺麗だったし、そんなの毎日見て育ったら、絶対綺麗になるよね」

そんな風に思うお前の方が、どれだけ綺麗な心であるか、懇切丁寧に説明してやりたくなる。

「流れ星、見えるかな?」

「んー、今の時期だと、一時間くらい空を見上げてたら、一つや二つ見えるんじゃないかなぁ」

「見えるまで、起きてていい?」

「ああ、構わないよ。一緒に見つけよう」

「うん!」

何だろう? コイツと話していると、子供の頃に覚えた感動が甦り、ただ真っ直ぐに生きていた遠い夏の日が、今この瞬間の夏と重なるようにさえ思えてくる。

クシャ。

ん? 何の音だ?

「失礼、ウン──蛇玉の残骸を踏んでしまったようです」

……。

まあ、家の電気は点かないし、蝋燭の火は消したし、星明かりだけで足元は見えにくいのだが、まさかわざとじゃないよな?

「お風呂の前にコンタクトを外したので、星はぼんやり、足元は見えなくて」

俺の疑いを察したように、タマちゃんは言う。

タマちゃんが目が悪いとは知らなかった。

「着けてこいよ。こんな星空、この辺でも頻繁には見られないんだ。勿体無いぞ」

「そうですね。では、十分ほど席を外しましょう」

十分も? 気を利かせたつもりだろうか?


俺の隣で、滝原はきらきら星を口ずさむ。

幼さの残る声は、その歌によく合っていた。

ロマンチックと言うよりは、ただただ癒される。

首が痛くなるほど空を見上げ続け、星が流れるのを飽くことなく待っている。

「こーすけ君は、流れ星に何をお願いする?」

「流れ星なんて一瞬だぞ? よっぽど目立つものでも二秒あるか無いかだ。願いを唱える暇も無い」

「消えるまでの時間じゃないと思うな」

「じゃあ何だ?」

「その一瞬を見届けられたことのご褒美」

暗い中でも、いつもみたいな笑みを浮かべていることが判る。

「なるほど、じゃあ流星群の夜なんかは、願い事がいっぱい叶えられるな」

「それは、見られなかった人へ、お裾分けするぶん」

っ!?

虚を衝かれる思いがした。

そんな風に、考えたことも無かった。

コイツは笑顔も元気も幸せも、誰かと分かち合うものだと考えているのだろうか。

空を見上げる。

星々の瞬きが、さっきまでよりも強く、息づいているように見えた。

「あっ!」

星が流れた。

トクンと、胸が高鳴る。

「こーすけ君、見た!?」

「ああ」

その一瞬を見届けられたことのご褒美は、何がいいだろう。

星みたいに目をキラキラさせる滝原。

いつの間にか戻ってきて、縁側の端っこで、俺達を邪魔しないようにしているタマちゃん。

……これしかないよな。

この二人が幸せでありますように。

それが叶えられたなら、今の俺には一番のご褒美かも知れない。

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