第38話 浴衣

隣家のおっちゃんに車を返しに行くと、おばちゃんが冷えたスイカを丸ごとくれた。

「わーい!」

相変わらず子供みたいにストレートな喜び方をする滝原を見て、おばちゃんも釣られて嬉しそうな顔になる。

嬉しいことを素直に嬉しいと表現することが、大人になると難しくなるのは何故だろう。

子供っぽいと馬鹿にするよりは、滝原を見習った方がいいかも知れない。


家に帰ると、どういうわけか二人はそそくさと客間にこもってしまった。

俺は切れない包丁でスイカを切り分けたが、何やらゴソゴソしている気配はあるものの、二人は客間から出てこない。

「スイカ、食べないのか?」

ふすま越しに声を掛ける。

「先に食べててー」

あんなに嬉しそうにしていたのに、どうしたんだろう?

俺は縁側に座り、一人でスイカを食べ始める。

夏の午後、縁側に座ってスイカを食べるというシチュエーションは至福とも言えるものだが、一人だとどこか侘しい。

少し前までは、何をするにも一人だったのに、もう一人には戻りたくないな、なんて思ってしまう。


「お待たせしましたー!」

ったく、何をやって──え!?

……浴衣だ。

それはまごう方なき浴衣であった。

「ほら、タマちゃんも早く出ておいでよ」

「で、でも」

襖の陰から半身だけ姿を覗かせるタマちゃん。

白地にピンクなどの暖色で花のような柄が描かれた浴衣は、滝原を可愛らしく華やかに見せ、紺地に花火みたいな柄の浴衣のタマちゃんは、凛とした美しさをまとっていた。

「こーすけ君?」

固まってしまっていた俺の肩を、滝原はちょんちょんとつつく。

「あ、ああ」

「どしたの?」

「いや、二人とも、凄く似合ってるから」

正直、何のご褒美なのかと思う。

「やったぁ!」

「目がイヤラシイです」

「え? いや、そんなつもりは無くて、上手く言えないけど、ホントに綺麗というか」

「じょ、冗談を真に受けないでください!」

頬が染まると、凛とした姿があでやかになった。

「この浴衣ね、タマちゃんに貸してもらったの」

「そうか、でもお前に似合ってるな」

「えへへー」

もう、これ以上無いってくらい、嬉しそうな顔をする。

「着るのは難しく無いのか?」

「ネットで調べたら動画とかあるし、まあ二人で何とか」

「髪を結い上げるのも?」

「うん。事前に練習してたけど、やっぱり時間かかっちゃった。待たせてごめんね」

「いや、そんなことは」

デレる。

まあ普段からデレているようなものだが、取り繕うのも難しい。

「ま、童貞が浴衣美人二人に相手をしてもらえることなんて、今日が最初で最後でしょう」

「はは、本当に、最高のプレゼントだ」

「い、いつもみたいにツッコんでください!」

「それ、タマちゃんが言うと違う意味に聞こえるよな」

「っ~~! セクハラです!」

……理不尽だ。


シャリシャリとスイカを食べる音。

蚊取り線香の匂いと、セミの声。

縁側に座って、足をブラブラさせる可愛い滝原と、団扇うちわを扇ぐ姿さえ優雅なタマちゃん。

夏の匂い、夏の空気、夏の夢。

「ちなみに、二人ともノーパンですけどね」

ぶほっ!

スイカの種を吹き出した。

「ていうか、川で着替えてからずっとノーパンだよ」

ごふっ!

スイカの種を飲み込んだ。

「汚いですね」

「いや、だって、ノーパンなんて言われたらだな」

「あれですね。ノーパソと表示されていたら、必ずノーパンって読み間違える側に属する人ですね」

そんなカテゴライズは嫌だ。

「ロータリーもロリータと誤認するに違いないです」

絶対に無いとは言えないのがツライ。

「みゃーと言えばプッシーを連想するに決まって──痛っ!」

取り敢えず叩いておく。

いや、みゃーと言えば猫、猫はプッシーでもあるからおかしくはないが、コイツは絶対にスラングの意味で言っているに違いない。

「私はプッシー?」

それもまた真理。

だが、何も判って無さそうな滝原を見ていると、子供の頃、意味も判らないまま大声で淫語を口にしていた自分を思い出す。

あー、あの頃を思い出すと恥ずかしくて身悶えしそうだ。

「……あの」

「ん?」

何故かタマちゃんの方が、身悶えするかのようにモジモジしてる。

「どうした」

頬を赤らめ、何か懇願するかのような上目遣い。

「あの、そろそろパンツ履いてもいいですか?」

「何で俺が強要したみたいなシチュエーションになってんの!?」

「あの、こーすけ君」

今度は滝原か。

「何だよ」

純真な瞳は、まるで飼い犬がすがってくるかのよう。

「私も、ブラ着けてきていい?」

「ブラもかよ!」

夏の午後、縁側、浴衣、スイカ、蝉時雨。

風流なはずが、ハチャメチャだった。

でも、それもまた、夏の思い出。

普段、見られない二人のうなじを密かに目に焼き付けたことも、素敵な夏の思い出になる。




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