第36話 川
山沿いの田舎の夜は涼しい。
熱帯夜なんて滅多に無いし、クーラーを使うことも無い。
移動の疲れもあって、昨夜は早く眠りに就き、今朝も涼しいうちに清々しく目覚めるはずだった。
なのに、妙に蒸し暑い。
それに、柔らかくていい匂いがする。
例えるなら、左が「ふにゃん」で、右が「ほにょん」だろうか。
って、意味判らん。
……ん?
俺は大事なことに気付く。
意味が判らんのは、柔らかさを例える擬音などではなく、そもそも何故柔らかいのか、ということではないか?
!?
飛び起きた。
……左に滝原、右にタマちゃんが寝ていた。
二人とも、上は体操服に下はジャージで、何となく修学旅行を思い出す。
いや、当時、女子の寝姿など見てはいないが。
俺が飛び起きたせいで、滝原が目を覚ます。
寝ぼけ眼で上半身を起こし、何のつもりか唇を突き出してきた。
「あいたっ!」
取り敢えず顔面を叩いておく。
で、意外なのがタマちゃんの寝起きの悪さだ。
しかも形のいいお
柔らかいほっぺをペシペシ叩く。
「んー……孝介くさい」
うるせーよ!
強く叩いてやろうかと思うが、寝顔が憎たらしいくらいに可愛らしいので困る。
仕方無いので、まずは滝原を叱ろう。
「こーすけ君、夜這いって知ってる?」
叱る前に何か訊ねてきた。
もう寝ぼけ眼ではなく、割と真面目な顔をしている。
「知ってるがそれが?」
「タマちゃんが、夜這いする? って言うから」
またコイツか。
俺はその寝顔に軽くデコピンをしておく。
「それで?」
「やりましょう! って話になって」
「まあ、お前ならそうだろうな」
「
「……」
「そしたらこーすけ君、寝ながら泣いてたから」
え? 話が予想外の方向に……。
「タマちゃんが頭を撫でて、私が添い寝して、それで……いつしか川の字で寝ていたのでしたー!」
くそ、叱れんではないか。
でも、悲しい夢なんか見た記憶は無いし、きっと嬉しい夢でも見たんだろう。
それとも、何か懐かしい夢でも見たのだろうか。
ま、柔らかいという記憶しか無いが。
しかし、そんな話を聞くと、無理に起こすのも忍びないな。
安心しきったような寝顔は、俺が信用されているみたいで嬉しくもあるし、静かで規則正しい寝息を聞いていれば、何故か心が安らぐような──
「タマちゃんノーブラだよ?」
「聞いてねーよ!」
清々しくは無いけれど、元気いっぱいの朝だった。
おっちゃんの車を借り、おばちゃんからは弁当を持たされ、山の方へとドライブする。
目的地は泳げる滝壺だ。
「その泳げる蜜壺は、深さどれくらいなんですか」
コイツは官能小説でも読んでいるのだろうか?
「五メートルくらいかな」
「日本人女性の蜜壺の長さは十センチに満たないそうなので、足りないと悲観せず顔を上げてください」
いや、運転中だし、顔は上げてるけどな。
「まさか、十センチに満た──」
「十センチくらいあるわっ!」
スルーしようとしても、タマちゃんは逃してくれないので、ついついツッコんでしまう。
「カブトムシいるかなぁ」
下ネタとは対照的に、子供心全開の滝原は愛くるしいなぁ。
タマちゃんの影響は受けても、決して
「交尾している姿が見られるかもね」
「え、それ見たい!」
……。
無垢な好奇心は、きっと汚れてなどいないはず。
滝壺には誰もおらず、貸切状態だった。
俺が子供の頃は、毎日のように誰かが泳いでいたものだが、最近の子は外で遊ばないのだろうか。
それにしても、滝壺の澄みきった水を見た滝原の顔は、見ているこっちが気持ちよくなるくらいにニッコニコでキラキラしている。
「すごーい! 裸で泳ぎたい!」
いや、やめろよ?
「あ、そうだ。こーすけ君、ほら!」
滝原は自らガバッとスカートを持ち上げ、ドキッとさせるけど実は下に水着を着てました、っていう定番のアレをする。
まあ実際には見たこともない定番なので、今回が初体験だ。
綺麗な脚とスクール水着が、俺の目の前に
ここで断っておきたいのは、男がドキッとするのは、パンツが見えるかどうか以前に、女の子が自分でスカートを
だから見えたのが水着であったとしても、この胸の高鳴りと、心に芽生えたときめきは、決して偽物ではないのだ。
それに、
って、俺はこれを誰に断っておきたいのだろう?
「孝介さん」
お、今度はタマちゃんか?
「ほ、ほら」
あれ?
滝原とは違って、ゆっくりと焦らしながらスカートを持ち上げる。
これはこれで、男心を判った所作と言えるだろう。
さすがはタマちゃんで──
「っ~~!! みゃー!!」
……逃げた。
こんなところも滝原とは対照的で面白い。
チグハグというか、デコボコというか、いやらしい気持ちを忘れて、微笑ましくなる。
「みゃー、孝介さんがヤラシイ目で見てくる」
ひどい……。
いやらしい気持ちを忘れて、俺は少し悲しくなった。
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