第35話 実家

田舎の古い家の、優しい仄暗ほのぐらさと、どこか懐かしいような匂い。

俺が生まれる前にに改築されたから、土間やかまどは無いけれど、台所の天井は高く、太いはりは黒ずんでいる。

「真っ黒くろすけ?」

「いや、いないから」

滝原が、暗い天井の隅に目を凝らしている。

「真っ黒孝介さん、荷物はどちらに?」

「適当にその辺に置いとけよ」

「荷物の中にはパンツもあるのですよ?」

「……それがどうした?」

「荷物の中には、セクシーなパンツもあるのですよ?」

「……」

取り敢えず、タマちゃんは無視して家を見て回る。

傷んだところは見当たらず、隣家の誠一さん夫婦と、そのご両親──じっちゃんばっちゃんと俺は呼んでいた──が、誰も住む予定も無いのに、ちゃんと手入れしてくれていたことが窺える。

「あなた」

滝原が俺の隣に立つ。

ニッコニコだ。

「今日の晩御飯、何がいい?」

「いや、今夜はおっちゃんの家でご馳走になるって話だったろ?」

「私が得意なのはね、オムライスかな」

「仮におっちゃんちによばれてなくても、電気もガスも無いからな」

「あなたの好きな食べ物はなぁに?」

「聞けよ!」

「むー、新婚さんごっこしてるのにぃ!」

いや、照れ臭いから相手しないの気付いてくれ。

それに、家具や家電もみんな残っているから、何となく両親のやり取りを思い出してしまう。

今思えば、仲が良かったなぁ……。


「孝介さん」

「ん?」

「電気が来ていないということは、扇風機すら動かないということですね」

「そういうことになるな」

「私、あれをやってみたかったのですが」

「あれ?」

「扇風機の前に立って、こうスカートをたくしあげてですね、涼しいー、とか言うアレです」

ほんの少しだけ、スカートの裾を持ち上げる。

……ちょっと見てみたいと思ってしまう自分が嫌だ。

「ちょっと見てみたいと思った自分が嫌になったりしないでください」

「お前はエスパーか!」

「え?」

「ん?」

「な、何でもありません!」

……もしかして、墓穴を掘ったのだろうか。

タマちゃんは、適当に冗談を言っただけで、まさか俺が本当にそんなことを思っているとは考えてなかったのだろう。

バンバン下ネタ振ってくるくせに、自分が性的対象になると途端に恥ずかしくなるタイプのようだ。

タマちゃんは頬を染めて逃げ出してしまった。

……それはそれで、こっちも恥ずかしくて困るのだが。


寝るための布団もチェックする。

事前に干してくれていたみたいで、ふかふかで日向の匂いがした。

あの二人は一階の客間に寝てもらうとして、俺は二階の自室で寝よう。

水やお菓子はあるが、冷蔵庫が使えないのはちょっとツライな。

確かクーラーボックスがあったから、後でおっちゃんの家から氷を貰うか。

「こーすけ君」

「ん?」

「おうちの中、タマちゃんと探検してきていい?」

「ああ、いいぞ」

「タンスとか本棚、あさってもいい?」

「好きにしろ」

「やった! 行ってくる」

子供みたいで微笑ましい。

別に見られて困るものも無いし、両親の物に触れるなというほど、感傷を引き摺っている訳でも無い。

本当の子供みたいに散らかしっぱなし、ということも無いだろう。

寧ろ、ひと気の無かった家が、ドタバタと賑やかになって喜んでるんじゃないかな。

二階から、女の子二人のはしゃぐ声が聞こえてきて、俺は自然と笑みが零れる。

連れてきて良かった。


気が付けば、俺はいつの間にか縁側で眠っていた。

日はだいぶ傾いて、そこかしこでヒグラシが鳴き出している。

郷愁を誘うその声にしばらく耳を傾けていると、涼しくなってきた風が通り抜け、田舎の夏の、優しい夕暮れの気配が身を包んだ。

静かだ。

あれ? そう言えば、騒がしいお姫様達は?

勝手に外に出て、迷子にでもなられたら困る。

夜になれば、街灯などほとんど無いこの辺りは真っ暗になるし、溜池なんかに落ちたりしたら……って、そこまで子供じゃないか。

取り敢えず、探しに行くか。

が、探すまでもなく、二人は玄関に近い仏間にいた。

「おい、こんなところで何を──」

仏壇の前で、二人は座ったまま肩を寄せ合い、すやすやと眠っていた。

二人の正面では、写真の中で両親が笑っている。

何を話していたか知らない。

でも、話疲れて眠ってしまうくらい、二人は語ってくれたのだろう。

仏様の前に、天使が二人もいる。

そう考えると可笑しくて、そして何故か、笑うと目尻が濡れた。

俺も、後で語ろう。

父さんと母さんに、話したいことがいっぱいあるんだ。

きっと、楽しい話になるよ。









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