第34話 帰郷 2

おっちゃんの車に乗って実家に向かう。

山も田圃も、一面の緑だ。

後部座席の二人は、やや不貞腐れた顔でシートに座っている。

ふざけた自己紹介を叱りつけた後、おっちゃんの誤解は解けて、一応は友達という枠に収まったのだが、どうもそれが不服であるらしい。

「あながち間違ってないよね」

滝原は不平を漏らす。

いや、正妻は明らかに違うだろ、と思いつつ黙っておく。

「穴が違ってないよね」

お嬢の方は意味不明なので黙っておく。

「泳げるとこ、あるって聞いたけど」

滝原が窓の外を眺めながら訊いてくる。

「ああ、綺麗な川や滝壺がある。この辺の子供はみんなそこで泳ぐんだ」

「妾どころか正妻まで否定する孝介さんには、水着サービスは抜きです」

「抜きなのだ」

「水着サービスはヌキです」

「抜きなのだ」

……頭が痛い。

「ちなみに孝介さん」

「ん?」

「水着はスクール水着とビキニ、どちらをご所望ですか」

「ス、いや、どちらでも」

ふふ、と背後から不適な笑いが聞こえた。

「スクール水着と言っても、旧スクではございませんので悪しからず」

「誰もそんなこだわりねーよ!」

振り回されっぱなしだ。

何故かおっちゃんは笑いを堪えてるし。

「あ、おっちゃん、次、右に行ってくれる?」

「ん? ああそうか。了解」

山裾の狭い坂道を進み、少し見晴らしの良いところに出る。

駐車場所からは、俺の家も小さく見えた。

「ごめん、ちょっと寄り道な」

「お嬢ちゃん達、暑いから車で待っててくれていいから」

車から出ると、セミの声が降り注いでくる。

日差しは強いけれど、都会ほど暑くは感じない。

ずらりと並ぶ墓石は、苔むしたものもあれば、まだ新しくて日差しに白く光っているものもある。

中央に桜の木。

その少し奥に、両親の墓がある。

おっちゃん達が定期的に掃除してくれているのだろう、汚れは無く、供えられている花も、まだ瑞々しさを保っていた。

振り返ると、二人も後ろに付いてきていた。

「鞄なんか車に置いてきたらいいのに」

何だかかしこまった様子の二人は、ぎこちない笑みを浮かべる。

「よかったら手を合わせてやってくれ。まあ両親は驚くだろうけど」

実際、生きていたらどんなに驚くだろう。

おっちょこちょいの母親と、のんびり屋の父親の驚く様子を想像すると、少し可笑しかった。

「みゃー、あれを」

「うん」

滝原は、何やら鞄をゴソゴソし出した。

──え?

滝原が鞄から取り出したのは、弔事用の包装紙に包まれた菓子折だった。

「これ、中身出すの?」

「えっと……」

二人が困ったように俺とおっちゃんを見る。

「みゃーちゃんにタマちゃん、それは家の仏壇に供えてから、お下がりを後でみんなで戴こう。ここにお供えしても、カラスかタヌキが食っちまうからね」

おっちゃんはそう言ってから、俺に笑顔を向けた。

いい子達じゃないか、とその笑顔は言っていた。

それに頷き返そうとして、俺は何故か──空を見上げた。

もくもくと天高く、入道雲がそびえていた。

普段、子供みたいにはしゃいでるヤツと、下ネタばっかり放ってくる無愛想女が、何でそんなところで気を利かすかなぁ……。

高校生のくせに、俺の田舎に帰るからって、墓参りのことなんか考えんなっつーの。

しかも、ご丁寧に百貨店にでも行ったのか、弔事用の包装紙だ? もっと子供らしくしてろよ。

俺は手を焼かされているようで、結局、甘やかされてるじゃないか。

そんなことされたら俺は──

「こーすけ君の嫁です」

「愛人です」

「って、おい!」

墓の前で手を合わせて告げる二人。

て言うか感動を返せ!

「はっはっは! 孝ちゃん、愛されてるねぇ!」

恥ずかしい。

でも……両親が、驚きながらも笑う顔が見えた気がした。

だから俺も、久し振りの笑顔を両親に返すのだ。

ただいま。


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