第32話 コンビニ

「お帰りなさいませ、御主人様」

……ここはメイド喫茶なのか?

仕事帰りに立ち寄ったコンビニで、有り得ない挨拶をされる。

コンビニの制服に身を包んだ滝原は、やはりニッコニコで、見る人を幸せにする満面の笑み。

「今のは?」

「こーすけ君限定接客マニュアルなのです」

ニッコニコだ。

「何でこんな時間?」

「シフトに入る人がいなくて残業だけど、御主人様の帰りをお待ちすることが出来るので快諾しましたー」

「そ、そうか、お疲れ」

たまたま寄っただけなんだが。

「で、何になさいますか?」

ニッコニコだ。

「えっと、お奨めある?」

もはやコンビニの買い物の仕方ではない。

「みゃーのお奨めは、十九時に廃棄になるこちらのお弁当でっす!」

「でっす! じゃねーだろ。あと五分で廃棄じゃねーか。ただの営業スマイルかよ!」

「御主人様、メイドにお触りは厳禁ですぅ」

「お触りじゃねーよ、叩いたんだよ!」

たまたま客はいないし、他の店員も見当たらないので、滝原の頭をペシペシ叩く。

「もう、こーすけ君」

「何だよ」

「めっ!」

「……」

酷く子供扱いされた気分だ。

だが不快ではない。

「で、ちゃんとしたお奨めは?」

「こちらのおにぎりは、あと三分で手に入らなくなる、大変貴重な物となってまっす!」

「まっす! じゃねーよ! ただの廃棄寸前だろーが! 働きだして僅か数日でコンビニの手先になってんじゃねーよ!」

頭をペシペシ叩く。

「すいませんすいません」

メイド趣味は無かったが、何かに目覚めそうだ。


「御主人様、こちらにちゃんとお奨めがございます」

今度は何やら雑貨などが並ぶ売り場に俺を案内する。

俺は食べ物を買いにきただけなんだが……。

「ご主人様、こちら、薄さ0.01ミリの──痛っ!」

「使うことねーんだよ! 嫌味かよ、タマちゃんかよ!」

「あ、本当のお客さん来た」

いや、俺も本当の客だが!?

「こーすけ君、ちょっと待っててね」

滝原はレジへと小走りで向かう。

客はタバコを買いに来たようだが、滝原はニッコニコだ。

いや、でも、俺に向けたニッコニコとは違う気がする。

あれは営業スマイルだ。

表面だけの、形だけのものに違いない。

でも可愛いなぁ。

客が惚れないか心配になるが、そんなことは俺が干渉することではないし、みっともない嫉妬はやめておく。

魅力的な笑顔で、気持ちのいい接客をしているなら、それは褒めてやるべきだ。

「ありがとうございましたー」

お辞儀も合格。

俺が店のオーナーなら、時給千五百円は出す。

「お待たせしました、御主人さまぁ」

二千円でもいいかな。


「あ、そういや昨日、傘ありがとな」

「傘?」

「ああ。タマちゃんに迎えに行くよう頼んでくれたんだろ?」

「頼んでないよ?」

きょとんとする顔は、子供みたいだ。

「え? いや、だって」

「あ、きっとあれだよ。タマちゃんの照れ隠し。略してタマ隠し?」

「略すな! つーか照れ隠しって、じゃあアイツが自主的に?」

「タマちゃんって、素直じゃないから」

「いや、素直とかじゃなくて、何でわざわざ」

「だから前に言ったじゃん。タマちゃん、こーすけ君のこと気に入ってるって」

アイツが? 俺を? 嫌われてはいないと思っていたけど……。

「でも、いいのか?」

「何が?」

「雨の日に傘を持ってお迎えにって」

決してタマちゃんが、抜け駆けというか、そういうつもりで行動したんじゃ無いのは判る。

純粋に、自分の知ってる人が、もしかして雨に濡れるかも、と気付いた時に、じっとしていられなかったというのが正解だろう。

でも……。

「私の好きな人が、雨に濡れなくて済んだんでしょ?」

「あ、ああ」

「寧ろ、ありがたいことだよね」

「……」

コイツは、こういうヤツだ。

「ごめんね」

「何が」

「私が気付かなくて」

「いや、気付いたとしても、電車に乗ってわざわざ来るのもおかしいだろ」

「そうじゃなくて、ちゃんと私からタマちゃんに頼むべきだったな、って」

「お前も気を使いすぎだよ」

頭を小突く。

ニッコニコじゃないのは、何か思うところがあるのだろうか。

俺は、余計なことを言ってしまったかも知れない。


「滝原」

「はい、御主人様」

もう元に戻った。

ニッコニコの笑顔は、自然なものか作ったものか、見分けがつかない。

「そだ、こちらのお奨めの商品はいかがでしょうかー」

雑誌コーナーへ連れていかれる。

「御主人様なら、こちらの五十路妻など──」

「エロ本じゃねーか! いらねーよ! ていうか何で五十路だよ!」

「児ポ法があるので、御主人様のご期待には添えられませぇん」

「うっせーよ! しょぼんとすんなよ!」

えへへー、と笑う。

「あ、こーすけ君」

「何だよ」

「もうお仕事終わりだから着替えてくる。もうちょっと待っててね」

ニッコニコの滝原は、バックルームへと入っていく。

いや、俺、お前にレジしてほしかったんだけど……。


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