第30話 初出勤前

サバっちとミケの写真を撮る。

昔、写真を撮るのが趣味だったこともあるので、スマホとはいえ、それなりに拘って撮る。

改めて見ると、サバっちの右耳が欠けていることに気付く。

ミケは右目の上に怪我の跡があるが、毛でほとんど隠れている。

過去の戦歴を示すものだろうか。

「お前らも色々と苦労してんだなぁ」

「みゃー」

舐めるなと言いたげにサバっちが鳴いた。

撮った写真は滝原に送る。

しばらく待つが返事は無い。

セミの声を聞きながら狭い空を見上げ、缶コーヒーを口にする。

通勤途中とは思えない、変だけど素敵な時間だ。


「こーすけ君」

これで隣に滝原がいればなぁ、と思っていたら滝原が現れた。

どこからともなくトラも現れる。

「おう、どうした?」

「九時からそこのコンビニで、バイトを始めることになりましたー」

あー、コイツは接客業が似合いそうだ。

人目を引くような可愛さは無いかも知れないが、コイツの笑顔は心惹かれる。

滝原狙いの固定客が付くかも知れない。

「友達がそこで夕方に働いてるんだけど、朝の人が足りないらしくて、夏休みの間だけでも、って」

「そうか。週に何回入るんだ?」

「二回だけ。こーすけ君と旅行に行けるように土日は避けてる」

「旅行!?」

「行くんじゃないの? 前に、連れていってくれるって……」

「いや、どこかへ行こうとは言ったけど、ショッピングとか遊園地のつもりだったんだが」

「えー、もうお母さんにもお泊まりの許可もらったのに!」

「お母さん!?」

単なるデートくらいのつもりが、お母さんまで出てきたよ! しかも泊り!?

「二泊三日までオーケーって」

「ちょっと待て! どう言って許可もらったんだ!?」

「こーすけ君と旅行に行きたいって」

「いやいや、こーすけ君って誰? どんな人? 歳は?」

「……こーすけ君、頭だいじょーぶ?」

マジで心配そうな顔するのはヤメロ。

「いや、お前こそ大丈夫なのか!?」

「私、出会いから今までのこと、お母さんに全部話してるよ?」

「……マジか?」

「マジなのだ」

何故か腰に手を当て、ドヤ顔で俺を見る。

「お母さん、何て?」

俺は恐る恐る訊ねる。

普通の親なら、十六歳の娘が二十八歳の男と関わっていたら激怒する。

「お母さんって、幼馴染と結婚したんだけどね」

「あ、ああ」

そんなこともあるんだな。

俺は田舎出身だから、数少ない同級生は幼馴染と言えなくは無いけど、何となく兄弟みたいな感覚で、あまり異性を感じなかった。

「中学から付き合い出して、高校卒業と同時に結婚したんだけど、それが大失敗」

あー、それだけ慣れ親しんだ関係でも、結婚しないと判らないことってあるんだ。

滝原は母子家庭と聞いていたけれど、離婚によるものだったようだ。

「だからお母さんは、とにかく色んな人と付き合ってみなさいっていうのが持論なの」

「なるほど」

「それに、痴漢から守ってくれるような人なら、まあ信用してあげてもいいわ、って」

いや、ただラッシュの揉みくちゃから守っただけなんですが……。

「でも、旅行に行くには条件があって、二人きりはダメなんだって」

俺は少しだけホッとする。

残念な気持ちもあるが、オッサンを交えた旅行を許可する親など、他にはいないだろう。

「で、タマちゃん誘ったらオーケーだって」

「マジか!?」

「マジなのだ!」

だから何でお前がドヤ顔するんだ……。


しかし旅行なんて、もう何年も行っていない。

学生の頃は、青春18きっぷとか使って、ふらりと一人旅をしたり、友人と無計画な旅行に行ったりしたのに、気が付けば家と会社の往復しかしなくなっていた。

都心に遊びに出ることも滅多に無いし、飲みに行くこともあまり無い。

随分と、つまらない人間になってしまったなぁ。

「こーすけ君?」

物思いに耽っていると、滝原が心配そうに覗き込んでくる。

つまらない人間なのに、こんな素敵な女の子が傍にいる。

人生、何が起こるか判らないし、つまらない人間だからって、つまらない人生とは限らない。

そう思って、また力付けられる自分に気付く。

「よし、行くか!」

たまには、この天使みたいなヤツにお返ししたい。

「やったぁ!」

でも、せっかくのお返しも足りなくなるくらいの笑顔が返ってくる。

お前は、いつだってそうやって、打算なんて欠片も無い笑顔をするから、いつしか俺も、忘れていた自分を取り戻すのだ。

「こーすけ君こーすけ君」

「何だ」

眩しいくらいの、満面の笑み。

「これでコンビニ制服プレイ出来るね!」

「……」

滝原は、腰に手を当て、ドヤ顔でそう言った。


初バイトだと言うので、出勤前に仕事の注意事項やら心構えなどの訓示を垂れる。

滝原は緊張した様子もなく、「だいじょーぶ!」なんて言ってたが、俺は一日中、心配でならなかった。

変な客に当たらなければいいけれど……。

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