第27話 メッセージ

滝原が休みに入って数日が経った。

案外と寂しくは無いし、元気が欠乏することも無い。

何だかんだ言っても俺は大人だし、小娘と会えないくらい、どうってことはないのだ。


朝起きて、まずはスマホを見る。

アイツは休みの日でも早起きのようで、メッセージは既に届いている。


『おはよう。みゃー』


……ヤバい、ニヤける。

おはようというただの挨拶が、デジタルで表示されているだけなのに、その文字すら可愛く見える。

スマホ片手に朝飯を食いながら、ニュースなどに目を通しつつ、度々さっきのメッセージを見る。

何度見ても同じ文面、同じ文字なのだが、何故か退屈しないし、寧ろ楽しい。

おはようの四文字から、迸る文才を感じる。


さて、着替えてそろそろ家を出るか、という頃に、新たなメッセージが届く。


『今日も暑いから気を付けてね。行ってらっしゃい。みゃー』


……ヤバい、ニヤける。

時間はまだ余裕があるのに、何故か勇み足になって靴が履きにくい。


一人であっても、秘密基地には立ち寄る。

そこで缶コーヒーを飲むのが日課になってしまった。

「みゃー」

「おう、サバっち、おはよう」

こいつらともだいぶ打ち解けてきた。

「ほら、みゃーからメッセージだぞ」

サバっちは興味無さげだ。

ふっ、肉体が無いと反応しないとは、哀れな生き物よ。

崇高な精神性の世界で悦びを享受する俺にとって、もはや猫は嫉妬の対象では無かった。


急行電車で三駅、そこから徒歩八分。

小汚い雑居ビルの二階に事務所はある。

狭いオフィスには事務机が二つあって、少しだけ立派な社長席は空席だ。

エアコンをオンにし、パソコンを立ち上げて、一人で黙々と事務仕事をする。

社長がどこで何をしているのか知らないが、誰もいないから、時にはスマホに手を伸ばすこともある。

アイツは勤務時間にメッセージは送ってこないので、今朝の「おはよう」を見たり、昨日の「おはよう」を見たりする。

……ヤバい、ニヤける。


十二時を過ぎると近くのコンビニに行って弁当を買う。

時には外食もするが、最近はコンビニばかりだ。

事務所に戻って、さあ食べようか、というタイミングでメッセージが届く。


『今日のお昼はお素麺。いただきます。みゃー』


……ヤバい、ニヤける。

「いただきます」

俺もちゃんと手を合わせ、一人で飯を食う。


午後も黙々と事務作業。

訪問者は無く、電話も掛かってこない。

退屈なようで忙しく、忙しいようで退屈な気怠い午後。

アイツはいま何をしているだろうか。

そんなことを、考えたりもする。


退勤時間は出勤時間ほど安定していないので、滝原はいつも遅めにメッセージを送ってくる。

大抵は晩飯を食べているくらいの時間だ。


『お仕事お疲れ様。今からお風呂に入ります。みゃー』


……ヤバい、ニヤける。

ニヤけながら「ごちそうさま」を言い、俺も風呂に入って疲れを落とすことにする。


眠る前はベッドに寝そべってノートパソコンを開く。

巡回するサイトは決まっているが、パソコンの横に置いたスマホが気になる。

一日の最後のメッセージは、いつも十一時きっかりに届く。

パソコンの右下の時刻表示をチラチラと見ながらソワソワする。

待ち侘びた通知音。


『おやすみなさい、いい夢が見られますように。また明日。みゃー』


……ヤバい、ニヤける。


俺はパソコンをシャットダウンし、部屋の明かりを消す。

こんな風に、会えなくても案外と寂しく無いし、元気が欠乏することも無い。

何だかんだ言っても俺は大人だし、小娘と会えないくらい、どうってことはないのである。

「おやすみ」

長い一人暮らしで、今まで一度も声に出して言わなかった言葉を、最近は呟くようになった。

何だかいい夢が見られそうな気がして、ニヤけながら眠りに就く。


……あれ? なんか俺、ヤバい?




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