第25話 みゃーとタマ
張り詰めた空気。
少しの距離を挟んで、相対する二人と一人。
「こ、孝介さん」
「な、何だ」
「ヤバイです」
「あ、ああ、ヤバイな」
「ここは、途中で偶然一緒になった
「いや、元々偶然だったよな!?」
「そ、そうでした」
珍しくタマちゃんが動揺している。
そしてその気持ちが、俺にはよく判った。
先に間合いを詰めてきたのは、滝原の方だった。
ああ、いつもニコニコ滝原さんは、こんな顔も出来たんだ……。
学校前だと人目に付き過ぎるので、 取り敢えず横道に入る。
というか、滝原が「着いてきな」みたいな感じで横道を顎で指したのだ。
いつもちょこまかと飼い主に着いてくるポメラニアンが、いきなりドーベルマンかシェパードにでもなったかのようだ。
先頭を歩く滝原。
その後に続く二人。
「えっと、多摩さん」
小声で、何故かさん付けで呼んでしまう。
「な、何でしょうか」
「滝原って、怒ると怖いのか?」
「存じません」
「は? じゃあ何でそんなにビビってるんだよ」
「怒ったところを見たことがないからに決まってるじゃないですか!」
なるほど、まず怒らない人物を、我々は怒らせてしまったようだ。
辿り着いたところは、町工場の建ち並ぶ一画にある、小さな空き地。
土管とバイクの残骸があって、果たし合いをするのに相応しい場所に見える。
「タマちゃん」
振り返った滝原は、険しい目つきでタマちゃんを見据える。
「は、はいっ」
元から姿勢のいいタマちゃんが、ビシッと姿勢を正す姿は、もはや軍隊レベルだ。
「こーすけ君のこと、好きなの?」
「な、何をバカなこと。こんな包皮に包まれたような男性を好きになるわけないじゃない」
……まだ包茎って言われた方がマシじゃね?
いや、包茎じゃないけど。
「タマちゃん」
「は、はいっ」
「こーすけ君の悪口言ったら許さないから」
女性は彼氏が浮気すると、彼氏よりも相手の女を責める傾向にあると聞いたことがあるけど、そうなのだろうか。
「孝介さん」
声をひそめ、タマちゃんが助けを求めてくる。
「何だ」
「逃げ場を失ってしまいました」
「……いや、俺の悪口を言わずに否定すればいいんじゃないか?」
「……目から鱗です。思いもよらないところに答があるものですね」
俺と悪口とは、切っても切り離せない関係にあったらしい。
「みゃー、聞いて。好きも何も、この三重苦を背負った男とは、通学路でたまたま出会っただけよ」
三重苦とは何を意味するのか。
包茎短小早漏のことだろうか。
「ホントに?」
そして何故か三重苦は悪口とは認識されなかった。
まあいい、俺も加勢しよう。
「ホントだよ。そもそもこんな毒舌女が俺を好きなわけ──」
「こーすけ君」
「は、はいっ」
何故か俺も
「タマちゃんの悪口言ったら許さないから」
……ったく、怒ってても優しいまんまじゃねーか。
結局コイツは、怒っていようが俺達を好きという気持ちが優先するんだ。
「だったら、二人の言うことを信じろ」
「でも、昨日こーすけ君に言われたんだよ? 秘密基地に寄り道するなって。それで今朝、二人で一緒に学校来るなんて、タイミング的に二人が付き合い出したからとしか思えなくて」
「アホか。俺がそんなにモテるわけ無いだろ」
「だって、タマちゃん口悪いけど、絶対こーすけ君のこと悪く思ってないもん」
「ちょ、ちょっと、おかしなこと言わないでよ。ただの下僕なんだから」
「こーすけ君だって、タマちゃんのこと美人さんだって思ってるよね」
「それは思ってるけど、お前がタマちゃんを叩きのめせ、って言うなら、今からボッコボコにしてもいいぞ」
「な!? ちょっと酷くないですか!?」
「うるさい。お前はモブだモブ」
「あなただって事案顔でしょうが! みゃーのパンツ受け取った時の顔なんて、犯罪まっしぐら、いえ、顔そのものが犯罪でした!」
「そんな顔してねー!」
「ふふ」
「え?」
滝原が笑った。
「二人とも、仲いいね」
「いや、ただ罵り合ってただけで」
「大好きな二人が仲良しなのは嬉しいけど、私の大好きな二人の悪口を言うことは許しません!」
「はい」
「はい」
二人とも、素直に返事するしかない。
滝原の、あまりに真っ直ぐな好意を向けられたら、誰だって逆らえないのだ。
「タマちゃん、こーすけ君、疑ってごめんなさい」
「いや、こっちこそ紛らわしいことして──」
「みゃー!」
ドンッと音がしそうなくらいの勢いで、タマちゃんが滝原に抱き着いた。
「みゃー、みゃー!」
タマちゃんが猫になった。
イメージとは逆で、滝原の方がお姉さんみたいだ。
気持ち的には俺も混ざりたいが、そこは何とか我慢する。
何より、二人の友情は羨ましいくらいに綺麗で、見ているだけで幸せな気分になれるのだし。
「こーすけ君、一つだけ、いいかな」
「ん、何だ」
「私、試験期間中でも秘密基地に行く。成績は落とさない。ていうか、行かない方が成績落ちる。だから……こーすけ君も、嫌じゃなければ、また寄ってほしい」
俺の袖口を、きゅっと握る。
ああ、コイツと距離を取ろうだなんて、結局無理な話じゃなかろうか。
突き放してもすり寄ってくる犬みたいなヤツだし、何より俺に、飼い犬を捨てるようなことは出来そうに無い。
いや、そもそも俺が
試行錯誤でいいから、二人で上手く歩んで行ける道を模索すべきだろうか。
往きとは違って、二人の後ろを俺が歩く。
みゃーとタマ。
仲睦まじい二人を見てると、二人分の元気が貰えた気がした。
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