第24話 登校路
試験中は寄り道するなと滝原には言ったものの、俺自身はいつもと同じ時間に目を覚ます。
待ち合わせをしていないのだから、二十分は余裕があるわけだ。
殺風景なワンルームにはテレビは無く、新聞も取っていないから、自ずとスマホ画面ばかり見ることになる。
スマホ片手にゆっくりと朝食を摂り、何となく気合の入らないまま、適当な時間に家を出る。
マンションを出て直ぐのところで、見覚えのある後ろ姿を見つける。
あの姿勢の良さと長い黒髪は、我らが毒舌下ネタ少女、タマちゃんに相違ない。
先日の指令のことを思い出すと、少し抵抗もあるが、無視する訳にもいかない。
「タマちゃんもこの道で通ってたのか?」
特に驚く様子も無く振り返る。
「また声掛け事案を発生させているんですか」
朝っぱらからキレがいい。
が、寧ろその方が助かる。
「あの家が私の住まいです」
何故か訊いてもいないことを教えてくれる。
「二階の右の窓が私の部屋ですから、覗くなら、あちらのマンションが適当かと」
「俺の住んでるマンションだし!?」
「……ストーカー?」
酷い言われようだが、少しばかり滅入っていた気分が
「洗濯物を干すときはあのベランダで、だいたい向かって右側が私の下着、左側が母の下着です」
「いや、いらない情報だし」
「そうでしたか。因みに警備会社と契約はしていません」
「タマちゃん」
「何ですか?」
「いくら知っている相手でも、冗談でもそういうことは言わない方がいい」
「童貞早漏野郎が」
「え?」
普段から毒舌とは言え、今、凄くキツイ言葉が聞こえたような?
「早いんですよ」
「いや、俺は童貞には違いないが、早いかどうかは検証の余地が──」
「みゃーとのことは干渉しないって言いましたけど、何も試験中に距離を取ることはないでしょう!」
「え?」
「昨日、とても気にしてたから、テスト結果が悪ければあなたのせいです」
……タマちゃんの言う通りだ。
どんどん滝原に惹かれていく自分を抑えられなくなるのが怖くて、少しでも早く距離を置いた方がいいと考えてしまった。
自分のことしか考えてなかった。
ただ、
「夏休みに入ったら、一度だけ滝原とどこかへ出掛けようと思ってた」
罪滅ぼしじゃなく、俺がアイツとの思い出を作りたかった。
「では、それをご褒美として試験を頑張るように、みゃーに伝えてください」
「判った」
やっとタマちゃんが少し笑う。
「先日のプレゼントはお気に召しましたか?」
プレゼント? ああ、あの指令のことか。
「正直、口惜しかった」
「……口惜しいということは、感じ入るものがあったということですね」
やっぱり、タマちゃんは頭がいい。
それとも、俺が子供っぽくて判りやすいのだろうか。
「ただ、滝原にとって、あの行為に意味はあるのかな」
「たとえただ指令通りにやっただけだとしても、あの子は愛情いっぱいで遂行したはずです」
それは、確かにそうだろう。
包まれた温もりも、撫でる手の優しさも、愛情に満ちていた。
「なんだかなぁ」
「まあ多少はお節介だったかも知れませんが、もしあの公園で同じような会話をあなたとみゃーがしたとすれば、きっとあの子は指令と同じことをしたと思います」
俺のことも滝原のことも、タマちゃんはお見通しか……。
高校の生徒がちらほら目に付きだしてきた。
「二人で歩いているのを見られるのもマズイから、俺は先に行くよ」
わざとやや後ろを歩いていたが、俺は足を速め、タマちゃんの前に出ようとした。
「抜くのは一人でしてください」
だが、何故か対抗意識を燃やし、俺に行かせまいとする。
「追い抜くには相手が必要だろうが」
「追い抜くなんて十年早いです。あなたが抜くのはお一人様コースです」
……意味が判った。
「お前、ホントに処女か?」
「確認しますか?」
「は?」
「それはもう見事に堅牢な処女ま──いえ、今のは無しです」
顔が赤い。
「あ、ああ」
俺も戸惑ってしまう。
下ネタが平気なタマちゃんも、さすがに今のは生々しいと思ったのかも知れない。
「思わずセクハラ野郎の甘言に乗って、恥ずかしいセリフを言わされるところでした」
「甘言なんて一言も無かったよね!?」
「うるさいです。あなたは顔からして人を
「どんな顔だよ!」
「何故か十二歳年下の少女を虜にするような、いかがわしい顔で──」
突然、タマちゃんが言葉を忘れたかのように、声を失う。
足を止め、表情も固まった。
「?」
俺は、タマちゃんの視線を追った。
生徒の姿が増えてきているとは思っていた。
もう間も無く校門だし、あまり見られるのは良くないことも判っていた。
だけど──
滝原に見られることは考えていなかった。
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