第23話 試験期間

俺の隣に座る滝原は、膝の上に教科書を広げている。

今日から試験期間だと言っていたから、てっきり早めに学校に向かうものと思っていたが、こうして不便な環境で勉強している。

目は熱心に教科書の上をなぞるのに、口許は楽しそうで、鼻唄混じりにお勉強。

試験期間とは思えない和やかな空気だ。

好きなヤツと一緒にいるっていうのは、会話がなくても豊かな気持ちでいられる。

だからと言って、その気持ちの赴くままでいるわけにはいかない。

どうやっても年齢は縮まらないのだし。


「あ、ごめん、退屈?」

ずっと教科書を読み込んでいた滝原が、ずっと黙っている俺に気付く。

「いや、楽しい」

「え? どうして?」

「どうしてと言われても困るが……」

「あ、判った。視姦モードだ」

タマさんや、お前のせいで、天使は純真なまま下ネタを放ちやがりますよ……。

「あ、そうだ。こうしておけば退屈しないかな」

何を考えているのか、滝原はブラウスの第三ボタンまでを外す。

「ではでは、脇目も振らずに勉強します」

後はご自由に、ということらしい。

ボタンは外したものの、襟元をはだけた訳ではないので、隙間は絶妙な幅を維持している。

教科書のページを繰る時に、少し身体を動かしたりすると、その隙間が悩ましく揺れ、間隔が広がったり狭まったり。

あ、いま白いものが──

じゃねえ!

「おい滝原!」

「ん?」

「お前はタマちゃんの影響を受け過ぎだ」

「そうかなぁ?」

全く自覚が無いのか。

「じゃあ、こーすけ君が上塗りすればいいんだよ」

「え? 上塗り?」

「そう、こーすけ君色に」

お前を俺色に染めてやるぜ、ってか?

それって純白が黒に、とまでは言わないけど、灰褐色だとか、暗紫色とか、何やら濁った色になりそうだ。

そんな滝原は見たくない。

「えっと、じゃあ、ボタンを開けていいのは第一ボタンまで、とか?」

「はぁい」

……素直だ。

俺さえ自制すれば、タマちゃんによってピンク色に染まりかけている滝原を、限りなく白に近付けられるかも知れない。

他に何か気になる点は……。

そうだ、最近コイツは出会った頃よりスカートが短い。

「スカート丈は膝上五センチまでだな」

「え? 今はこーすけ君用に折ってるけど、学校ではそれくらいだよ?」

くそ、理想かよ!

「と、トマトジュースばっかりじゃなく、牛乳もちゃんと飲め」

滝原はその控えめな胸元に目を落とす。

なだらかな曲線、それでさえブラで盛られているはずだ。

くそ、理想だよ!

「男の人って、やっぱりタマちゃんくらい大きいのがいいのかなぁ?」

いや、タマちゃんは平均サイズだと思うぞ。

お前が小さいだけで。

「揉むと大きく──」

「ならないからな?」

揉めるかも知れないフラグを、俺は自ら折る。

心が折れるような思いでへし折る!

「そうだ! 大きさじゃなくて、感度をこーすけ君色にしてもらえばいいんだ」

……単なる揉むというフラグから、性感開発へとパワーアップした。

俺の心の葛藤など気付きもしないで、ナチュラルにフラグを立て直す滝原に、思わず目眩を覚える。

「他には何かある?」

「そうだなぁ……」

「うん」

何を期待しているのか、ニッコニコだ。

少し、心苦しさを覚えるが……。

「試験期間くらいは、寄り道せずに学校へ行って、教室で勉強すること」

「……」

滝原は、何を言われたのか判らないような顔をしてから、戸惑ってサバトラに目を向け、ややあって泣き笑いのような表情で俺を見た。

「私、邪魔かな?」

「ち、違う! 俺は、高校生は高校生らしく、ちゃんと学校を楽しんで、試験期間くらいは寄り道せずに学校で勉強する子が好きなんだ。ほら、タマちゃんと問題出し合ったりしてさ」

これは、優しい嘘に入るだろうか?

滝原は目を伏せて、しばらく自分に何か言い聞かすように頷くと、

「判った」

と言って、笑顔を作った。

俺は、いつも自然な笑顔を浮かべるあの滝原に、ぎこちない笑顔を作らせたんだ。


今日は少し元気が足りないかも知れない。

顔を上げると、ミケとサバトラが庇の上から俺を見下ろしていた。






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